第12話

 ミズナと思い出話をしている途中、馬車にある窓からふと外を見てみると深い霧がかかっていた。霧の深さは前後五十メートルが見えないほどひどく方向感覚が狂ってしまうほどだ。ほんの少しだが、他人の魔力を感じ取ることができる。どうやら魔法を利用して霧を発生させているようだ。

 騎士たちはこの異常事態に馬車を止めて、俺たちが乗っている馬車を中心に円を描くように集まっていた。表情もみんな真剣で、何かを警戒しているように見えた。


「敵襲かな……」


 俺は小さな声で呟く。俺は広範囲索敵を発動する。霧の中には俺たちを除いて、三十人くらいの人がいるみたいだ。姿を確認することはできないが、敵に囲まれてしまっているようだ。視界を奪って攻撃をする。なかなかいい作戦だと思う。こんな作戦を思いつくなんて、頭の切れる指揮官が敵にはいるようだ。霧を利用するくらいなので、俺たちの位置は既に把握できているはずだ。


『お父さん。聞こえる?』

『聞こえるぞ。敵に囲まれてしまっているようだな』

『そうみたいだね。今から霧を吹っ飛ばそうと思っているんだけど、騎士たちを全員守ることは可能?』

『可能だ。我に任せよ』

『任せた。準備ができたら教えて欲しい』

『いいだろう』


 俺はお父さんとの話を終えて、ミズナに向き直る。


「敵襲みたいだ。ミズナはここから絶対に動くなよ」

「……うん。あまつくんはどうするの?」

「ちょっと、片づけてくる」

「気を付けて行ってきてね」

「うん。行ってくる」


 俺はそれだけ言い残すと馬車の上に転移した。そしてお父さんの合図を待った。


『防御結界は張ってある。好きなだけ暴れていいぞ』

『分かった。暴れてくる』


 準備が整ったので、俺は険しい表情になる。右手を挙げて、上空に巨大な緑色の魔法陣を出現させた。周囲の空気が変化する。俺の周りに風が集まってくる。集まった風が俺に反発するようにあたり一面に広がっていく。


「な、なんだ?」

「何をやっている!すぐに結界を展開しろ!」


 周囲が慌ただしくなっていた。騎士たちはお父さんの防御結界で守られているので、大して慌ててはいないみたいだ。霧の中に潜んでいた人たちは慌てふためいている。

 中央にいる俺には影響はないが、陸に上がる前の勢力の強い台風がこの場に出現したのだ。台風といっても雨は降っていない。風だけの台風だ。周囲にあった木々は薙ぎ倒され、普通の人では立っていられないほどの高威力だ。深かった霧も風に流されて、どこかに消えてしまっている。

 霧に潜んでいた人たちの姿が露見する。みんなが同じ茶色い服を着ており、同じ組織であることは分かる。格好からして盗賊なのだと思った。

 バレてしまったら仕方がないという勢いで俺たちの馬車の方へ向かってくる。当然、お父さんの防御結界で守られているので、剣が届くことはない。


「騎士の方々は何もなさらなくて良いです。一人で片付けます」


 盗賊たちに応戦しようとしている騎士たちを俺は制した。見るからに冷酷な顔、そして人を寄せ付けない鋭い眼光。大学に通っている時に言われていた【冷酷王子】がここにはいる。騎士たちは俺の表情を見て肝を冷やしてしまったようだ。反射で後ろに下がってしまうものもいたほどだ。


「なんだ、テメェ‼︎」


 俺が馬車の前に降り立って、睨みつけていると盗賊の一人が憎まれ口を叩いてきた。俺は両手に剣を出現させて、容赦なく盗賊の一人を斬った。体から吹き出す血が俺の顔に付着する。付着したことで余計怖くなってしまったようで、盗賊たちは後退した。

 俺は怒っていた。ミズナとの楽しい時間を邪魔されたと言う理由もあるのだが、それよりも非道な行為を見過ごすことはできなかった。この戦法を使っていたのなら、多くの命が失われたことは容易に想像ができる。中には奴隷として売られたものもいるのかもしれない。人の人生を踏み躙る行為は万死に値する。


「覚悟はできているんだろうな‼︎」


 低い声が発せられるのと同時に俺の両目が怪しくギラリと輝いている。【竜王覇気】を発動したのだ。盗賊たちは硬直する。ダラダラと冷や汗を流しながら、恐怖を感じているようだ。俺は動けなくなった盗賊の息の根を一人ずつ、確実に止めていく。返り血で服がドロドロだ。あとで着替えないといけない。何もできずに死んでいった盗賊は二十人を超え、最後の二人となった。


「ぼ、僕は復讐を果たすまで絶対に死ねない‼︎」

「こんなところで死んでたまるか‼︎」


 竜王覇気のせいですくんでしまった体に鞭を打って二人の盗賊は動き出す。竜王覇気を打ち砕く者がいたのだ。そこには深い執念を感じる。

 二人とも緑色の髪をしており、一人は短髪。もう一人は長い髪で目を隠している。目を隠している方ははっきりと見えないが、短髪の方は俺よりも年齢が若い。十六歳といったところだろう。そして二人の最大の特徴として、左右の目の色が違う。オッドアイなのだ。短髪の方は左目が緑色、右目が水色だ。長髪の方は左右の目の色が逆になっていた。髪の色といい、瞳の色といい、二人はどこか似た雰囲気をしている。双子なのだろうか……。


「面白い」


 俺は剣を消した。不的な笑みを浮かべる。殺すのが惜しいと思ったからだ。まだ若いので、更生をすることも十分に可能だろう。

 二人の武器は短剣だ。息の揃った連携攻撃で俺に向かってくる。俺の目には未来視の能力も備わっているので、相手が次にどのような攻撃をしてくるか、はっきりと分かる。短髪少年の右手の薙ぎ払い攻撃を避けて、腕を捕まえる。腕を曲がらない方向に捻って、武器を地面に落とす。落ちた武器を足で蹴り飛ばし、手のどかない場所に移動させる。短髪少年は武器を失ったので、捕まっている手と逆の手で俺に殴りかかってくる。俺はその攻撃も避けて、短髪少年の溝内あたりを左手で思いっきり殴る。


「うっ……」


 短髪少年は苦しそうな表情で声を絞り出していた。そしてそのまま気絶する。


「くっそ!」


 長髪少年は吐き捨てた。短髪少年と違い、隙のない動作で武器を細かく振って来る。大ぶりにしないことで精度の良い攻撃ができるようになっている。狙うところも当たったら致命傷になりかねない場所を的確に突いて来る。暗殺者みたいな攻撃だ。


「いい腕だな!だが俺には当てることすら叶わないよ!」

「くっ……」


 唇を噛み締めて、悔しそうな表情をしている長髪少年。しかし最後まで攻撃を当てることを諦める様子はなかった。


「足元がおろそかになっているぞ!」


 長髪少年の弱点、それは急所を狙うことを意識しすぎて、周りが全く見えていないことだ。要するに隙だらけなのだ。

 俺は体を低くする。俺の突然の行動に長髪少年は慌てているようだった。俺が先ほどまで、同じ位置で避け続けていたのは、上半身に意識を向けようとしていたから。そして急に行動を変えると人は予想をしていない限り、対応が遅れてしまう。その隙をついたのだ。俺は足払いをして、長髪少年を宙に浮かせる。


「えっ……?」


 長髪少年は呟く。何もできずに仰向けになった状態で地面に落下する。背中を強打して、激痛を感じているようだ。俺は短髪少年と同じ場所を右手で思いっきり殴る。長髪少年も短髪少年と同様に気絶した。


「お〜い。そこの君。この少年たちを縛って」

「あ、はい。ただいま」


 騎士の一人は俺に急に話しかけられたので、少しだけ時間を空けて少年二人を縛った。縛っていても逃げられては困るので、紐を剣でも切り落とせないくらいに頑丈にした。


「他の奴らは燃やそうか」

「わ、分かりました」


 俺の指示でもう一人の騎士は死体を一箇所にまとめて、炎の魔法で燃やしていた。


「もう、あまつくんったら。せっかくいただいた服をこんなに汚して」

「すまん、すまん。ついついカッとなってしまった」


 俺は苦笑いを浮かべる。ミズナは馬車から急いで飛び出して来ると、顔についた血を持っていたハンカチで拭いてくれた。ミズナも俺の血を拭き取ったことで、ドレスに血が付着してしまっている。


「ミズナ。ごめん。汚れちゃった」

「気にしていないから、全然いいよ」


 ミズナは明るい表情で言ってくれる。少しだけホッとしている自分がここにいる。


「アマツよ。お風呂で血を流すと良いぞ」


 俺が使った風魔法で周辺の木々は倒れてしまっているが、なんともない場所もしっかりと残っている。その場所にいつの間にかお父さんがお風呂を作って、お湯を沸かしてくれていた。お父さん曰く、リーネも手伝ったみたいだ。

 俺はお風呂を土壁で囲んで、中に入る。ミズナは俺の服をリーネと一緒に洗ってくれているようだ。すぐに洗わないとシミになってしまうから。俺は体に付着した血を洗い流す。異世界に来て、初めてお風呂に入ったが、やっぱりいいと思う。俺がお風呂に入る流れで、大休憩を取ることになったらしいので、騎士たちは交代で見回りをしてくれている。追っ手が来る気配は一切ない。逃した人は一人もいないので、組織に情報が伝わっていないと言うことなのだろう。

 体がスッキリとしたので、俺はお風呂から出る。フリージア辺境伯様から何着か服をいただいたので、着替えに困ることはない。フリージア辺境伯様に改めて感謝しなくてはいけない。俺がお風呂から出た後も全員が交代でお風呂に入った。全員がすっきりとした表情をしている。

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