第9話
ピンク色のドレスを着たミズナ。幼い時の記憶を呼び覚ませる。先ほどまでは白色のドレスを着ていたのだが、いつの間にか着替えているみたいだ。首からはネックレスをつけており、そこには俺が一つ前の世界でミズナと川遊びをしていた時に見つけたピンク色の翡翠石がつけられていた。
「……これって。大切にしていてくれたのか……」
俺は右手でネックレスについているピンク色の翡翠石を優しく触りながら、ミズナを見た。ピンク色の翡翠石はとても滑らかな手触りで、ひんやりとしていた。
「もちろんだよ。あまつくんは?」
「大切に持ってたんだけどな……。ここに来た時に財布ごと……」
俺は申し訳なさそうな顔をしながら、ズボンの右後ろのポケットに手を入れてた。ミズナのネックレスについていたピンク色の翡翠石と同じ手触りを感じる。財布と一緒に消えたはずなのに確かな感触がある。
「もしかして……」
俺はポケットから手を抜き取ると手の中には緑色の翡翠石が収まっていた。あの時、川でたまたま見つけた翡翠石は二つ。緑色とピンク色のものだ。ちょうど異なる色で俺な好きな色が緑色、ミズナが好きな色がピンク色だ。だからお互いに好きな色の翡翠石を持ち帰ることにしたのだ。俺はそっと手を広げてミズナに見せた。
「持っててくれたんだね。ありがとう」
「うん」
俺は安堵した。幼い時から大切にしていたものだ。無くなってなくてよかったと思っている。
「あまつくん。その翡翠石。私に預からせてもらっていい?」
「いいけど、どうして?」
「……それはね〜。内緒」
ミズナは満面の笑みを浮かべている。翡翠石を何に使うのかは気になったが、ミズナが嬉しそうだったので、何も追及しなかった。
「これ、着替え。起きる時は着替えてきてね」
それだけ言い残すとミズナは部屋から出て行った。ミズナが置いて行ってくれた服は異世界もので貴族がよく身につけている豪華そうなスーツだ。俺が好きな緑色が使われており、嬉しい気持ちになる。手の感触から俺はふわふわなベッドでさっきまで寝ていたらしい。魔力の使い過ぎで気絶してしまっていたみたいだ。部屋を見渡すと隅々まで綺麗に清掃されていた。ここが街の宿屋ではないと言うことだけははっきりと分かる。
「まさか……。気絶するとはね……」
俺は微笑を浮かべる。いくら膨大な魔力を持っていたとしても使いすぎてしまえば動けなくなる。気を付けて使わなければ命取りになるのは確実なので慎重に使うように意識しようと思う。
ミズナが部屋を出て行ってから少しだけ目をつむって休んだ後、用意してくれた着替えを着用して部屋を出る。廊下はかなり広く、通路は長い。部屋もたくさんあり、迷子になってしまいそうだ。豪華なシャンデリアがつるされており、暖かな空間が広がっている。
「アマツ、体の調子はどうだ?」
「すっかり回復したよ」
俺の後ろから声をかけてくれたのはお父さんだ。お父さんは右手を上に上げて手を振ってくれている。俺も右手で手を振りかえす。俺と同じで魔力枯渇状態になっていたが、完全復活しているようだ。修復魔法は竜王のお父さんですら魔力枯渇状態になったのだ。頻繁に使っていいものではないと分かる。
「お父さん。服汚れてないね」
「これか?まぁ、アイテムボックスの中にいくらでも予備があるからな」
「便利だね」
「コツを掴めばアマツだって使えるようになるぞ」
「本当?今度教えて」
「いいだろう」
「あの、盛り上がっていたところすいません。フリージア辺境伯様が、お礼を言いたいと竜王様たちをお呼びです」
お父さんの後ろにいたのはリーネだ。リーネは俺とお父さんの会話を止めてしまったことに対する謝罪をしてから要件を伝えてくれる。
「分かった。案内を頼めるか?」
「はいっ!お連れします」
リーネは嬉しそうな表情をしている。お父さんに気があるのだろうか……。
リーネに先導されて俺とお父さんはフリージア辺境伯様が待機する部屋へと向かう。お礼をしたいと言うことは、ミズナは俺たちが原因で地震が起きたことは伏せてくれているらしい。有難いことなのだが、心の奥底には申し訳ないと言う罪悪感が残っている。リーネは一室の前で止まると扉を軽く三回、ノックする。ここら辺のルールは一つ前の世界とはあまり変わっていないらしい。止まったと言うことはフリージア辺境伯様が待っている部屋なのだろう。礼儀作法とかを知らない俺は妙な緊張感に苛まれる。
「フリージア辺境伯様。竜王様方をお連れしました」
「どうぞ。お入りください」
リーネは音を立てないように静かに扉を開ける。部屋の中には黒色で俺と同じタイプのスーツを着ている壮年男性とミズナが座っていた。ミズナは俺の部屋に着替えを持ってきてくれた時と同じ格好をしている。おそらく壮年男性がフリージア辺境伯様なのだろう。服も俺も似ているものなので、貸してくれたのはこの人だと分かる。
部屋に入ってすぐの場所に客が来た時に使うソファー二つと机が配置されており、部屋の両サイドには本棚が設置されていた。そして扉とは逆の位置にある窓の前に執務をする机と椅子が配置されている。ここはフリージア辺境伯様の執務室なのだろう。
「すいません。服を貸していただきありがとうございます」
俺はフリージア辺境伯様に頭を下げる。合っているかは分からないが、俺の知識の中にある敬語でお礼を言った。
「ご丁寧にありがとうございます。気になさらないでください。遠慮なくお座りください」
俺とお父さんはフリージア辺境伯様に手振りで、着席して欲しいと促される。俺とお父さんが座ったところはミズナとフリージア辺境伯様の対面の位置。この部屋の上座と呼ばれる扉から遠い場所にはミズナとお父さんが座り、俺とフリージア辺境伯様は扉近くの下座に座る。このマナーも一つ前の世界と同じで、少しだけホッとする。
「この度は私の所領。フリージアの街を救っていただいてありがとうございます」
「うむ。当たり前のことを、したまでだ。気にしなくて良い」
お父さんの発言に俺とミズナから鋭い視線を向けられたにも関わらず堂々としている。どんな場面でも全く動じないお父さんの姿は正直に言うと尊敬する。竜王だけあって、素晴らしい胆力の持ち主だと思う。俺も見習わなければならない。
「感謝の意を込めて褒美を差し上げたいのだが、望みのものはありますか?」
「ん〜。これから王都に向かいたいので、馬車を頂いてもいいですか?」
俺は少しだけ悩んだ後、望みを言った。ミズナと結婚するには両親への挨拶は必要だろう。風の魔法を利用して空を飛んでいくのは流石に目立つし、お父さんに相談したとしても「竜に乗って行かないか」とか言い出しそうなので、この世界の人々が使っている普通の移動手段を確保したかったのだ。
「それだけでよろしいのですか?」
「はいっ!大丈夫です」
俺のあまりの欲のなさにフリージア辺境伯様は驚いているようだが、俺は胸を張って答えた。ミズナも俺の意図を汲んでくれているようなのだが、お父さんは少し不服そうな顔をしている。
「竜王様。ご不満ですか?」
「フリージア辺境伯様。全然気にしなくていいです。はい、お父さんのことは気にしないでください」
お父さんが変な望みを言いそうな雰囲気を感じとった俺は焦った口調で、話を強制的に終わらせた。フリージア辺境伯様は「そうですか」と言いながら納得してくれているようだ。
「出発はいつになさいますか?」
「そうですね。ミズナ王女と一緒の日にここを出発しようと考えています」
「分かりました。明日までに手配します。今日はこのフリージアの街でゆっくりなさってください」
「分かりました。ありがとうございます」
フリージア辺境伯様に一礼をすると俺とお父さんは立ち上がる。
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