竜王の目継承
第8話
周りの騎士たちやオーディンが俺たちの様子を漠然と見ている。水色髪の少女は顔を真っ赤にしていた。オーディンは何か言いたそうだったが、今は幸せな時間をかみしめている。もう一生会えないと思っていた女性に再開することができたのだ。うれしいに決まっている。
「本物だよな?」
俺はふと我に返り、水菜の頬を右手でつねった。これが幻覚だったら、立ち直ることができない自信がある。幽霊でも幻覚でもなく、確かな感触が伝わってくる。体温もしっかりと感じることができたので、生きていることが分かる。
「あまつくん。痛いよ」
膨れ顔をしている水菜。俺はそんな姿を可愛らしいと思ってしまっている。
「ごめんごめん。現実なのか確かめたくって」
「安心して、現実だよ」
「よかったぁ~」
俺は胸をなでおろし、水菜を地面に降ろした。もちろん手はつないでいる。もう一生この手を離さないと決めているからだ。
「天津よ。そちらの女性は誰なんだ?」
「俺の婚約者だよ」
「婚約者だとぉぉぉぉぉぉぉ‼」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼」
オーディンは腰を抜かしてしまうほど驚いていた。騎士の人たちも同様の反応を見せている。その光景に俺と水菜はクスリと笑ってしまった。
「ミズナ王女様。おめでとうございます」
水色髪の少女だけ全く反応が違った。足早に俺と水菜の近くまで駆け寄ってきて、心から祝福している様子だ。
「君は?」
「私はリーネと申します。ミズナ王女様の侍女をやっております」
「そうですか。いつも水菜がお世話になっております」
俺はリーネにお礼を言った。侍女というのは高貴な身分の人にお仕えする人のことを言う。ひとつ前の世界で例えると執事やメイドさんのこと。俺の知らない間に水菜は王女という身分になっていたことに対して驚いてしまっている。
「ミズナが王女になっているのならば、俺では釣り合いが取れてなくね?」
「なんでそんなことを言うの?私はあまつくん意外とは結婚する気ないよ」
「そうは言ってもな……」
ミズナが俺一筋なのは大変光栄なことなのだが、身分の違いで結婚できないという話もアニメや漫画、ライトノベルではよくあることなのだ。俺は今、ここに来たばかりで戸籍すら持っていない状態なのだ。ミズナの義父である王様のところに行って許可がもらえるのか心配になってしまう。
「天津よ。それに関しては問題ないぞ?」
「どうして?」
「お前が竜王オーディン・ゲノゼクトの養子になるからだ」
「まじで⁉」
「うむ。我は本気だ。あとはお前次第だぞ」
「喜んで養子になります!」
俺は間を開けずに即答した。悩む必要なんてない。もうミズナを離さないと決めたのだ。騎士たちはオーディンの突然、告白に血の気が引いてしまっている。リーネはオーディンをにらんで、戦闘態勢をとっている。騎士たちの気持ちは分からないでもない。竜が人間に危害を加える話はよく聞くからだ。
「リーネだったか?そんなに警戒しなくてもよい。我の息子が、フェンネル王国の第一王女と婚姻を結ぶのならばそちらの国には手出ししないと約束するぞ!魔法契約を行ったって良い」
オーディンがちゃんとした義父様に見えてしまった。俺はそんな姿を見て、かっこいいと思ってしまった。魔法契約とは一つ前の世界の契約と同じものだと思ってもらっていい。契約を破ると法律的に罰を受けるのと同様に異世界でも破った時の代償はしっかりとある。最悪の場合は命を落とすこともあるので、一つ前の世界よりも厳しいものと言える。異世界でトップクラスの実力を持つ竜王がそんな宣言をしたとなっては、文句を言う人は一人も出ないだろうと思った。リーネも戦闘態勢を解き、騎士たちもほっとしているようだ。
「お父さん?義父様?どっちで呼んだらいい?」
「アマツの好きにせよ」
「分かった。お父さん」
「……お、おう。我が息子よ」
お父さんは顔をそらしている。照れ隠ししているみたいだ。そんなお父さんのことをかわいいと思った。俺はお父さんの養子になったことで、神城天津からアマツ・ゲノゼクトという名前を名乗ることになったのだ。
「あまつくん!」
「は、はいっ!なんでしょうか?」
「オーディンさん!」
「なんだ?」
ミズナは腰に手を当てて怒っているようだ。理由は分からないが、ミズナの剣幕に負けて、俺は敬語になってしまった。お父さんはあまり動揺していないみたいだ。
「あなたたちには責任を取ってもらいたいことがあります!あなたたちが死闘を繰り広げたことで、フェンネル王国の領土であるフリージアに尊大な被害をもたらしました!」
「そ、それは不可抗力といいますか……。ねぇ?お父さん」
「そうだな……。仕方ないことだと……」
「仕方なくありません!死者は出ていないものの、フェンネル王国の損害が大きすぎます!どうしてくれるんですか!」
「誠に申し訳ありませんでした」
「すまないと思っている。何とかしよう」
ミズナの剣幕にとうとう俺とお父さんは負けた。誠心誠意謝罪した。この出来事がのちにフェンネル王国中の噂になり、竜王をいさめる王女様として有名になるのだが、今はやってしまったことに対してしっかりと向かい合うことに決めた。
「フリージアまで、我が眷属に乗って行くか?」
「いや、ダメでしょ!余計に騒ぎが大きくなるよ」
お父さんが言う眷属というのは、もちろん竜族のことを指している。突如として竜の集団がフリージアに現れたとなると侵攻を疑われかねない。俺はしっかりと暴走しがちなお父さんを止めた。
「じゃあ、転移魔法で」
「ミズナ。お父さんがあんなこと言ってるけどいいの?」
「もちろんダメに決まっています!楽をしようとしないでください!」
「だって、お父さん。あきらめろ」
「分かった……」
お父さんはしゅんとしてしまっている。可哀そうにも思えたが、何もしてあげられないのでそっとしておくことにした。フリージアにはミズナの意向もあり、歩いて向かうことになった。
婚約のことは内緒にしておくと相談して決めた。ミズナには、ミズナの義父である王様の発表があるまで、婚約していることは黙っておくようにとくぎを刺されてしまっている。騎士たちやリーネ、お父さんにもしっかりとくぎを刺していた。しばらくはイチャイチャすることは禁止で寂しいと思ったが、世間的に仕方のないことなので受け入れることにする。
フリージアに到着すると俺は言葉を失った。死者が出ていないことが不思議だと思えるほどの被害だった。震度六強の地震が襲ったといわれても否定できない。異世界では全ての人が魔力を持っているとお父さんから聞いた。崩れて下敷きになりそうになっても魔法を使って防ぐことも可能だろう。だから死者が出なかったのだと仮定すれば納得がいく。
「思った以上にひどいな。修復魔法を使う。ミズナよ、よいか?」
「仕方がないですね。よろしくお願いします」
行動を起こす前にミズナに報告するなんて、少しの間に成長しているようだ。ミズナは修復魔法の許可を出し、お父さんに頭を下げた。
「アマツ。手伝ってくれるか?」
「うん」
俺はお父さんの胸あたりに手をかざして魔力を渡す。お父さんはそれを確認すると右手を挙げて、フリージア全域を覆うように上空に白色の魔方陣を出現させた。これだけの規模の魔法を展開するのならば、お父さんの魔力だけでは足りないとはっきり分かる。フリージアの領民は全員上空を見上げて、ぼっとしている。子供たちはこれから何が起きるのかワクワクしているみたいだ。
轟音とともに崩壊した建物が元あった場所に戻っていく。みるみるうちにフリージアの街並みが戻っていっているのだ。圧巻だった。アニメや漫画でしか見ることができないであろう光景に見入ってしまっている。騎士たちやリーネ、ミズナも俺と同様の反応だった。
「我でもさすがに疲れたぞ」
「俺も」
フリージアが完全に修復されたのを見届けた後に体がどっと重くなった。俺もお父さんも立ってはいられず、その場に座り込んでしまった。俺とお父さんの魔力は二割以下となっている。しばらくは動くことはできないだろう。
「あまつくん!大丈夫」
「ははは……。しばらく休めば、何とか……」
突然座り込んだ俺を心配そうな表情で見つめているミズナ。俺は苦笑いを浮かべた。
「竜王様。大丈夫ですか?」
「休めば、よくなるぞ」
リーネはお父さんを心配して、声をかけてくれている。俺はそこからの記憶があいまいでよく覚えていない。
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