運命の再開

第5話

 水菜には忘れようと思っていても忘れることのできない記憶がある。それは幼い時に幼馴染のあまつくんと結婚の約束をしたこと。あまつくんとの別れは突然だった。これは水菜にとって立ち直ることのできないほどのショックな出来事だった……。


「ママ!行ってきます」


 いつも通りに水菜は元気よく挨拶をして、家を出た。今は小学五年生で学校に登校する時間になったからだ。小学生は何かあるといけないので、集団登校をすることを校則で決められている。

 集合場所から離れている児童は親の同伴で来ることが多い。水菜が集合する場所は家から一分もかからないところで親の同伴を必要としなかった。友達もたくさんできて学校生活は楽しい。あまつくんとも結婚の約束をしており、このまま楽しい人生を歩めると思っていた。


「フンフフ~ン!フンフフ~ン!」


 水菜は愉快に鼻歌を歌いながら、スキップをして集合場所へと向かっていた。集合場所も見えてきて水菜は集団登校する友達に手を振った。相手も手を振り返してくれている。信号のない交差点。水菜は車が止まってくれるのを待つ。二台の車が、横断歩道にいる水菜に気がついて止まってくれた。水菜は横断歩道に足を踏み入れた。


「なに……?」


 水菜が横断歩道に足を踏み入れた瞬間、地面が光り始めたのだ。水菜の目は点になってしまった。なにが起こっているのか全く理解ができない。


「えっ……?何で?何でなの?」


 水菜が下を向くと、下半身はどこかに消えてしまっている。本来ならばとてつもない痛みを感じるはずなのにその様子はない。徐々に体が消えていき、体が完全になくなったタイミングで光が消えた。運転手の人は目を見開いた。先ほどまでいた少女の姿が見当たらないからだ。しばらくの沈黙の後、車の運転手は車を動かした。先ほどまで水菜と手を振っていた小学生も何かの勘違いだと思い近くにいた友達と話し始めた。


        ※※※


 カーテンの隙間から日が入り込み、ミズナは目を開けた。久しぶりにあの日の夢を見た。ミズナとあまつくんを引き裂いた夢を。


「あまつくん。会いたいよ〜」


 ミズナはポツリと呟いた。扉が叩かれる。


「どうぞ、お入りになって」

「失礼致します。ミズナ王女様」

 

 ミズナの侍女は部屋の扉を静かに開けた。侍女は一礼をした後に部屋の中へと入ってくる。着替えの手伝いをしてもらうからだ。ミズナは今、フェンネル王国第一王女、ミズナ・フェンネルとしてこの世界を生きている。

 異世界に迷い込んだあの日。行く当てもなく泣いていただけの水菜をたまたま視察に来ていた王様が助けてくれた。王様は水菜を温かく養子に迎えてくれた。養子と言ってもそれは形式上のことであって、実際には王様の側室が生んだ実の娘として世間に公表されている。王妃である義母、王妃の息子の義兄。全員が良くしてくれたから、右も左も分からなかった異世界でも生きていけている。あの時、王様に出会えていなかったら貴族たちに性奴隷として使われていたかもしれない。考えるだけでも鳥肌が立ってしまう。


「いつもありがとう。リーネ」

「いえいえ、これが私の仕事ですので」


 ミズナよりも三個ぐらい若い十五歳のメイド服を着ている侍女は、笑顔を絶やさずに仕事をしてくれている。水色髮のショートヘアで可愛らしい顔をしている。ミズナは若いのに大した物だと思ってしまう。身支度を終えて、部屋を出る。

 ミズナは現在、竜王領と呼ばれているゲオルク大森林と隣接するフリージア辺境伯領に一日前から視察にいている。街を囲むように作られている巨大な壁に東西南北の一ヶ所ずつある巨大な門。門には見張りの騎士が四人ずつ配置されている。他の街よりも厳重だ。ミズナが寝泊まりしている場所はフリージア辺境伯の屋敷だ。王女だけあって豪華な部屋が用意されている。異世界に来た八年前は広すぎて、眠ることすらできなかったのに今は慣れてしまっている。人間の適応能力は恐ろしいと思った。


「おはようございます。フリージア辺境伯様。今日も案内の方をよろしくお願いたします」

「わざわざご足労いただいてありがとうございます。お迎えできなくて大変、申し訳ございませんでした」


 ミズナを見た瞬間にフリージア辺境伯の家族は勢いよく立ち上がり、慌てて頭を下げてきた。代表して言葉を言っているのが、フリージアの領主様で金髪の壮年男性だ。名前はバロル・フリージア。義父様から信頼されており、辺境伯の地位を授かった実力者だ。辺境伯は国境を守る為に他国との境に自領を持っている。辺境ということで馬鹿にされることが多い地位だが、実際には伯爵以上の権力を持っており、義父様からのよほどの信頼がないと勝ち取れない。

 フリージア辺境伯様との昨日の打ち合わせでは、食事をミズナの寝室に届ける予定となっていたのだが、ミズナはお世話になっている立場なので挨拶をすることは常識だと考えていた。一つ前の世界でのお母さんが教えてくれたことだ。フリージア辺境伯様には逆に気を使わせてしまったようで、申し訳ないと思ってしまった。


「どうぞ。お座りになってください」


 フリージア辺境伯様は自分の食事を退けて横に座る。家族の人たちも席を移動した。ミズナが案内されたのは会議なので一番高い役職の人が座る全体を見渡せる位置。ここまでしてくれたのならば、遠慮することが逆に失礼になってしまうので、素直に座ることにする。フリージア辺境伯様の指示で速やかにミズナの前に料理が運ばれてきた。何度も義父様に謁見しているフリージア辺境伯様とその夫人は別として、子供たちがガチガチに緊張している事が分かる。それはそのはずで、失礼があった場合フリージア辺境伯様の爵位剥奪、領地没収という厳しい罰を受けてしまう可能性があるからだ。


「そんなに固くならなくていいですよ。ここで起きたことは一切、口外しませんので。いいですね?リーネ」

「はい!仰せの通りに致します」

「ありがたき言葉を頂き、深く感謝いたします」


 成り行きで一緒に食事をとることになってしまった。家族団欒の時間を邪魔してしまって申し訳ないと思いながらも食事を食べることにした。


「いただきます」


 ミズナは手を合わせて挨拶をした後に食事を食べ始める。フリージア辺境伯様と家族の人たちはミズナの行動に疑問に思っている様子だ。


「ミズナ王女様。一つ伺っても良いですか?」

「何でしょうか?」

「手を合わせた理由は何なのでしょうか?」

「この食事には魔獣のお肉、そして領民の皆さんが必死に働いて、作っていただいた食材を使っていますよね?」

「確かにそうですね」

「魔獣にも人と同じ命というものがあります。領民の方々も時間をかけて作っているのです。ですから感謝しなければなりません。そのための儀式と言うものでしょうか」

「なるほど、教えていただいて感謝します」


 フリージア辺境伯様には感謝されたが、それらしい理由をつけただけだ。「つい、癖で」なんて言えるはずがない。義母様にも何度か言われたことがある。異世界に来て、八年が経っても体に馴染んだ癖は簡単に消えるものではない。単純にやらかしたと言うのが正解だ。フリージア辺境伯様と家族の人たちもミズナの真似をして、挨拶をしていた。

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