第6話
久しぶりに複数人で食事をとった気がする。義父様も義母様、義兄様は公務が忙しく、全員揃って食べられるのは一ヶ月に二回程度だ。一つ前の世界では当たり前のことが異世界では当たり前ではない。そこは気をつけなければいけない。
食事を終えて、フリージア辺境伯様に馬車へと案内された。馬車は車と違って乗り心地も悪い。更に酔いやすい。今は平気だが、異世界に来た時は何度も吐きそうになった記憶がある。リーネもミズナと同じ馬車に乗る。王都フェンネルからフリージア辺境伯領までは、二週間から三週間くらいの時間がかかる。かなりの遠出になる為、護衛の騎士は例え王女であっても三十人程度。侍女は一人だけ連れて行くことができた。人数は少ないが、侍女も含めて実力者が勢揃いしている。ミズナの手前にはフリージア辺境伯様が腰をかけ、自領のことを説明してくれている。昨日も同じ形をとっている。ミズナは紙を取り出し、フリージア辺境伯様が言っていることをメモする。義父様にしっかりと報告しないといけないからだ。
フリージアは賑わっていた。領民全員が笑顔で生活している。それでも貧富の差は激しいもので、路地裏を見た際は元気のなさそうな大人や子供がたくさんいることが分かる。一つ前の世界では生活保護の法律があるが、こちらにはない。目を瞑るしかないと自分に言い聞かせ、感情を必死に押さえ込んだ。何度も何度もこんな経験をしてきて、嬉しくはないが感情を抑え込むことには慣れてきてしまった。いつの日か、全員が幸せになれる世界が作れればいいなと言う思いだけはしっかりと残っている。
「そろそろ休憩にしましょうか」
フリージアの街に出てから三時間は経過しただろうか、目の疲労も溜まってきている。義母様の言いつけ通り、きっちりとした姿勢も保っているので、体の節々が痛い。フリージア辺境伯様はそれに気がついて、休憩をとってくれるみたいだ。気が効く良い人だと正直に思う。
「ありがとうございます。少しだけ目を瞑らせてください」
「分かりました。私は外で警備にあたります」
「よろしくお願いします」
フリージア辺境伯様が馬車から降りたことを確認すると、リーネの肩を枕にして目を瞑った。リーネは優しい表情でミズナを見守っている。
ガタガタガタ!
突然、フリージアで地震のような揺れが発生した。ミズナは飛び起きる。異世界で地震が起きたのはこれが初めだ。
「フリージア辺境伯様!何事ですか?」
「私にも分かりません。こんなこと初めてで」
「みなさん。道の真ん中に移動して、両手を地面に当てて、しゃがんでください!」
ミズナの指示で、護衛についていた騎士団の人、フリージア辺境伯様、そして近くの住民が道の真ん中でしゃがむ。
「緊急事態です!放送の許可を」
「分かりました」
フリージア辺境伯様の許可を取るとミズナは魔法を発動させた。ミズナの魔法に共鳴して、一つ前の世界で言う。放送スピーカーが反応した。フリージア全域にミズナの声が届くようになった。電気の代わりに魔法が発展した世界なので、簡単に領民に声を届けることができる。放送スピーカーは魔獣の襲撃があった時や今は竜王領があることで無くなったが、魔族の襲撃があった際に使われる。このような自然災害で使われることは世界初だと思う。
ミズナは深呼吸をした後、ゆっくりとしたスピードで領民全体に指示を飛ばす。こう言う時は焦ることはよくないと異世界の家族に教えてもらった。トップがしっかりとしないといけないのだ。
「みなさん。聞いてください。揺れが治るまで、部屋の中にいる人は頭を机の下に入れて、隠れてください。障壁を使って崩れてくる建物から身を守っても構いません。とにかく怪我をしないように身を守ってください。外にいる人は道の真ん中に移動して、手で頭を守ってしゃがんでください。絶対に慌ててはダメです。怪我をする可能性が増えてしまいます」
ミズナの指示を聞いて、領民が一斉に動き出す。壊れている建物もいくつか存在している。
揺れがおさまってきた。不意に竜王領がある方の空を見上げてみると、雷が落ちたり、雨が降ったり、噴火していたり、異常な光景を目にすることになった。
「フリージア辺境伯。すぐにフリージアの騎士団を使って、領民を広い土地に避難させてください。二次災害が来ると危険です。あなたたちは怪我人の救護をしてください」
「分かりました」
フリージア辺境伯様は指示通り騎士団を動かして、領民の避難を開始する。ミズナの護衛の騎士たちは崩れた建物で怪我をしている人の救護にあたる。
「フリージア辺境伯。私たちの騎士団だけでは人が足りません。ゲガ人の救護にも人を回していただけますか?」
「はいっ!」
フリージア辺境伯様ははっきりとした口調で短い返事をした。誘導する騎士団と救護する騎士団に分かれてそれぞれことにあたる。
「フリージア辺境伯!リーネ!一旦屋敷に歩きで戻りますよ」
今の地震で道路にヒビが入っている場所もあるかもしれない。馬車を利用するのはリスクが大きい。一刻を争うため、歩きで戻ることにした。リーネとフリージア辺境伯様もミズナの後ろをついてくる。
屋敷に戻るとフリージア辺境伯様の家族は全員無事だった。屋敷だけあって、しっかりとした作りになっている。壊れている馬車は見当たらない。騎士団の詰め所や冒険者ギルド、商人ギルドも頑丈に作られているため壊れていない。緊急事態なので、避難場所として利用させてもらうことになった。
「状況はどうですか?」
「今のところ死者は出ていませんが、怪我人が百人を超えています」
フリージアの街で誘導をしていた騎士団の一人に報告を受ける。竜王領に隣接する街だけあって、領民も護身用の魔法は使える。そのため命の危険が迫った場合、反射的に魔法を行使する。それが幸いして死者が出ていないのだろう。
「分かったわ。ありがとう。フリージア辺境伯。救護部隊はいますか?」
「はいっ!治癒魔導士もいます」
「すぐにゲガ人の治療にあたらせてください。重症者が優先です。この魔道具を使ってうまく連携をとってくださいね」
「はいっ!」
魔法さえ使うことができれば、放送スピーカーは誰でも使うことができる。重症者の位置を連絡し合いながら治療をしてほしいと言う意図がある。フリージア辺境伯様は理解しているようだった。
「リーネ。私が言う場所に調査に行ってもらえますか?戦闘は絶対に避けてください!」
「はいっ!なんでもお申し付けくださいませ」
リーネは調査にもってこいの人材で、気配を消す魔法にたけている。ミズナは先ほど異常現象が起きていた場所を説明した。方角から分かることとして、ゲオルグ大森林の奥地で起こっているものではないと確信できた。竜王領は未開の地ではあるものの、全く調査が進んでいるわけではない。調査済みの場所は地図として示してある。フリージアも竜王領の調査に赴いているので、地図は飾ってあった。自然現象が起きている方角にあるのものは、ゲオルグ大森林の手前にある平原地帯。そこで異常現象を起こしている原因が見つかると予想した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます