ここは異世界?

第2話

 目を開けるとそこには見慣れない景色が広がっていた。ビルが立ち並ぶ東京と違って、俺の実家がある場所に雰囲気が似ている。風に揺られてざざーと草の音が聞こえてくる。俺が立っているのは牧場のようにあたり一面、草がぎっしりと詰まっていて、かがまないと地面が見えない草原地帯だった。所々見ることのできる木が点々と生えており、木同士が均等な距離を保っている。空は雲ひとつない快晴。自然に囲まれているからなのか、空気が美味しい。持っていた財布やスマホも気づかないうちに消えてしまっている。


「これが……走馬灯なのか〜」


 俺は車に轢かれて死んだはずだ。こんな自然が豊かな場所は現実ではないと思った。そうした場合、死ぬ間際に見ることができると言う走馬灯だと思うとしっくりとくる。


「せっかくだし、景色を楽しもうかな〜」


 俺はその場に腰を下ろした。草はベッドのようにふさふさで座り心地も良い。こんな景色を見ると心が浄化されていく感覚になってしまう。時々、吹く風も心地よいので、ここで寝転がったらすぐにでも眠れてしまいそうだ。


「はぁ……。結局、水菜には会えずじまいかぁ〜。そこそこ楽しい人生だったけど、それだけは心残り……」


 俺の声は吹いた風によって虚しく打ち消された。


「……で、これはいつまで続くんだ?」


 俺は首を傾げるような気持ちを抱えていた。こんな経験したことは始めてなので、この後どうなるかは全く見当がつかないため、動かないと言う選択肢をとっていた。下手に動く方が危険だと判断したからだ。


「ん〜。これは走馬灯じゃないのかな〜。だとしたらあの可能性も……」


 いつまで立っても終わることのない走馬灯。俺はある可能性を視野に入れることにした。俺が考えたことは信憑性にも欠けるし、さらに確信がないので、何とも言えないのが現状だ。もう一つ証拠になるものが出てこれば、確信へと変わる気がしている。

 俺の真上を通った二十メートルほどの影のせいで太陽の光が遮られる。さらに上空から大きな翼を羽ばたかせる音が聞こえてくる。その音はだんだんと俺に近づいてきているようだ。ドシンという音を出しながら地面に着地した生物の全貌を俺ははっきりと確認することに成功した。銃弾を通さないくらい硬そうな白銀色の鱗で全身を覆っているドラゴンだった。長い尻尾は全体の三分の一ほどで巨大で立派な翼を持っている。空想世界ならではの生物が目の前にいるので俺は言葉を失った。

 ドラゴンは俺に対して威嚇しているように見えたが、俺は対して不思議と何も感じていない。俺は怖がるそぶりを見せずにドラゴンに近づいた。そして体に触れる。


「なるほど、なるほど。ここは現実なんだね」


 手から伝わってくる硬い感触。そして鱗が邪魔をしてはっきりとはしないが、ほのかに体温を感じ取ることができた。ドラゴンは俺に攻撃してくることはなく、不思議そうにこちらを見ている。これで確信を得ることができた。俺は走馬灯を見ているのではなく、異世界に来てしまったのだ。アニメやライトノベルでよくあるシチュエーション通りだ。向こうの世界でも時々話を聞くことがあった。それが俺の身に起こるとは、全く予想ができなかった。そうなると転生したのか、転移したのかが、気になるところだ。


「ドラゴンさん?鏡を出現させる魔法は使えますか?」

「ぷっ、はっはっはっ。はっはっはっ。お前、面白いやつだな。気に入ってしまったわ」

「なんで笑うんだよ」


 腹を抱えて大笑いするドラゴン。俺は顔をほんのり赤くして、叫んだ。それにしても腹を抱えて大笑いするドラゴンの絵面は見てられないかもしれない。俺は笑いそうになっている顔を引き締めることに全神経を注いだ。


「いや、だって。普通の人間なら怖がって絶対に我に触ってこないだろ?それに我が竜王覇気の前で動じないやつは初めて見たわ」

「竜王覇気?なんだ?それ?いきなり専門用語を使わないでくださいー!」

「それは失礼。竜王覇気は相手を威嚇して戦意を喪失させるために使うんだ。我と同格、またはそれ以上の実力者でないと耐えられないはずだ」

「そんな事をしてたんですね。ちょっと怖いな〜」


 誇らしげにしているドラゴンが嘘を言っているとはどうしても思えなかったので、本当に竜王なのだろう。竜王と言ったら竜の王様の略称だということは想像がつく。ファンタジー作品で竜は一位二位を争うくらいの最強種と言っても過言ではない。そんな竜王と同格かそれ以上と言われてしまった。どうやら俺にはチート能力が備わっているらしい。


「えっと……。話を戻したいのですが……」

「そうだ、鏡が欲しいんだったな。ほら」

「ありがとうございます」


 ドラゴンは魔法で鏡を作り出し、俺に投げて渡してくれた。俺はお礼をした後に鏡のガラスが割れないように優しくキャッチして自分の容姿を確認する。容姿は向こうの世界と全く一緒だった。ダークブラウン色の瞳は日本人特有のものだ。

 アニメや漫画、ライトノベルでの転生は前世の記憶があることはもちろん、容姿や体型、年齢などの全てが前世と異なっており、違う人の人生を異世界で歩む事を言う。転移は一つ前の世界での記憶はそのままで、異世界の都合で召喚される事を言う。人によっては大切な人と急に会えなくなる為、ショックを受ける人もいる。転生とは違い容姿や体型、年齢など全てが一つ前の世界と変わらずにそのままであることが多い。そして今回のケース場合は異世界に転生したのではなく、転移したと言うことになる。


「ドラゴンさん。もしかしてここ最近で勇者召喚が行われましたか?」

「確か、フェザント帝国でさっき勇者召喚が行われていたぞ」

「やっぱり」


 俺は納得した。異世界に転移する場合、大抵は勇者召喚が行われた時に起こると相場は決まっている。本来ならば、俺はドラゴンが言っていたフェザント帝国で出現する予定だったのかもしれない。時系列的にも勇者召喚が行われた時間に俺は異世界に来ている。結果的に勇者召喚は失敗に終わり、俺はなんらかの手違いでここに出現してしまったと考えれば、しっくりとくる。


「ドラゴンさん」

「なんだ?って言うより我にはオーディン・ゲノゼクトという名があるぞ。名前で呼んでくれるか?」

「分かりました。オーディンさんと呼ばせていただきます。俺は神城天津と言います。お好きに呼んでください」

「うむ。あと固い言葉はなしだ。どうも慣れない」

「分かった。これでいい?」

「良いぞ。いい感じだ」

「話を戻すが、何を言おうとしてた?」

「鏡を作り出した、さっきの魔法。創作魔法だよね?」

「そうだが、どうした?」

「俺も使える?」

「お前の魔力量ならば、作りたいものを強くイメージすることができさえすれば、余裕で使えるはずだ」

「そうなの?やってみる」


 俺はオーディンの言う通り、作り出したいものを強くイメージする。一つ前の世界ではフルダイブゲームが普及しており、その時に愛用していた双剣を強く思い浮かべだ。

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