ディスティニースレッド

時雨トキ

第一章 結婚編

プロローグ

第1話

「あまつくん。大きくなったら結婚しようね」


 俺の目の前には同じ年の幼馴染がいる。彼女の名前は稲瀬水菜。ピンク色のワンピースを着ており、華やかだった。水菜は女神さまが舞い降りたかのような神々しい笑顔を浮かべている。俺はそんな水菜に子供ながらドキッとした。


「……うん。分かった」


 少しだけ時間を空けて、告白の返事を返す。俺も水菜に劣らないくらいの笑顔をしている。俺はこの瞬間、恋に落ちた。一目惚れだった。両親通し仲が良かったことで、小さいころから遊ぶ機会はたくさんあった。その時には抱かなかった感情が今頃になって湧いてきた。


「約束だよ」


 水菜は小指を俺のほうに近づけてきた。


「約束」


 俺の小指と水菜の小指が絡み合う。


「指切りげんまん。噓ついたら針千本、の~ます」


 俺と水菜は同時に言葉を発した。何度も使ったことのある約束言葉。忘れることは絶対にない。この時した約束が今も心の中に残っており、俺を縛り付けていた。

 今日も俺はこの夢を見て目が覚めた。目からは自然と涙がこぼれており、俺はそれを右手で優しくぬぐった。


「今日もあの夢を見たのか……」


 俺はボソッとつぶやきながら左手を目に当ててしばらく寝ころんでいた。結婚の約束までしたのに水菜は十歳の時、何も言わずに俺の前から姿を消した。

 そして俺は水菜が消えた日に水菜の両親が警察に泣きながら捜索願いを届けている場面をたまたま見てしまった。俺は急いでその場を後にしようと思ったが、水菜の両親に見つかってしまった。水菜の両親の話によると元気よく学校に向かっている道中で消息を絶ったという話だった。脅迫の電話も一切なく、なんでいなくなったのか全く見当がつかなかったそうだ。


「どうして何も言わずに、俺の前からいなくなったんだ!」


 俺はふつふつとこみ上げてくる怒りを寝ている布団にぶつけた。目には見えないが埃が舞った気がする。俺はあの事件があった時以来、頻繫に今日と同じ夢を見る。ここまでくると懐かしい思い出は悪夢へと変わり、俺を苦しめる。

 俺は生まれつき顔つきが整っており、女性から告白されることが多い。うらやましいと思う人もいると思うが、あんなにつらい経験をしてしまうと恋愛にはなかなか前向きにはなれないものだ。だから全ての女性からの告白を断り続けている。最初は丁寧に告白を断ってきたが、回数が重なれば重なるほどうっとうしくなってくるもので、「お前に興味はない!」、「かまわないでくれ!」、「俺のこと本当に好きなのか?」などときつい返しになっていった。そしてついた呼び名は【冷酷王子】だった。

 今は実家を離れて東京の大学に通っている。自ら生活環境を変えることで、過去の出来事を忘れることができるのではないかと思い立ったので行動に移した。しかし結果は全く変わらず、今に至る。仕送りをしてもらっていても東京は物価が高く生活することは容易ではない。そのためバイトも行っている。今日、朝早い時間に起きたのはバイトのシフトが入っていたからだ。結果的には起こされた形になってしまったが……。


「今日は大学もないし、しっかりと稼ぐぞ」


 俺は重たい体をゆっくりと起こし、布団から出て気合を入れる。ベッドから出てベイジュとグリーンのメッシュに染めた短い髪を鏡の前で整える。その後は朝食を作る。基本的には自炊をしている。ご飯は昨日のうちに炊飯器で炊いており、今は保温状態となっている。時間がないため、お湯を沸かして味噌汁を作る。そしてすぐにできる目玉焼きをおかずにすることにした。ちなみに俺は目玉焼きに関しては醬油派だ。作ったご飯をお盆の上にのせて、キッチンのすぐ前にあるテーブルまで運ぶ。


「いただきます」


 俺は両手を合わせて挨拶をした後、ご飯を食べ始めた。一人でご飯を食べることもおいしいのだが、大人数で食べたときのほうがおいしく感じられる。寂しいと思っている自分がいることには目をつむることにする。


「家に帰ってきてからこれを洗おう」


 俺は食事を終えて、食器を流しの水が入っている桶の中に浸しておく。食事を終えて着替えをすることにした。脱いだパジャマは洗濯機の中に放り込んでおく。


「行ってきます」


 誰もいない部屋に向かって明るい声であいさつして、家の外に出て行った。鍵をかけたことを確認すると階段を駆け下りていく。俺の部屋はアパートの二階にあるからだ。

 空には太陽がすでに顔を出しており、ところどころ雲がある。快晴ではなく晴れだ。時々、吹く風はぽかぽかになった体を冷やしてくれて、大変心地が良い。バイト先は俺が住んでいる場所から七百メートル圏内にあるので、自転車は使わずにちょっとした運動をするために歩いて向かっている。

 大学の通学経路に含まれている見慣れた交差点。俺は信号が青に変わるのを待っていた。俺以外にも多くの人たちが信号待ちをしている。さすがは都会。俺が住んでいた自然が多い田舎とは全然違う。車用の信号機が黄色に変わる。いつものサイクルならば信号機が完全に赤になったら歩行者専用信号が青になる。

 歩行者信号が青になったことを確認すると俺は最初に横断歩道に足を踏み入れた。それと同じタイミングで信号無視をした車が左折してきた。


「……えっ。……噓。」


 俺は呟いた。このタイミングでは避けることは不可能だ。俺は死を覚悟して目をつむってしまった。車のブレーキ音が耳に入ってくるのと同時に足元が光り始めたのだ。


「何が起き……」


 言葉は最後まで発せられることはなかった。俺の体を光が完全に包むタイミングで俺の意識は暗転してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る