24 複雑

「千春くん……、千春くん…………、寝てるの…………?」


 すぐそばから聞こえる人の声……、それにさっきからずっと指先で俺の頬をつついている。

 もう家に着いたのか……、美波。


「美波……、うるさい…………。あっち行けぇ」

「うっ……!」


 そう言いながら近づかないように肩を押すつもりだったけど、なぜかすごく柔らかい感触が感じられて目が覚めてしまった。今……、俺が触っているのはなんだろう。頭の中にはそれしか入っていなかった。それに……、その声も美波じゃなかった気がする。


 振り向いた時、もしそこにいるのが青柳さんだったら俺はどうすればいいんだ?

 やばい、緊張して体が動かない。


 まだ、後ろにいるし……。


「ち、千春くん……」


 そして、振り向いた時、そこにいるのは当たり前のように青柳さんだった。


「あ、青柳さん……! え、えっと……、俺…………」


 真っ赤になった顔と……、胸を隠している両手。

 やらかした。

 青柳さん……泣き出しそうな顔をしてこっちを見てるけど……、俺……マジで青柳さんの胸を触ってしまったのか? ちょっと仮寝をしただけなのに、こんな大惨事が起こるなんて、こうなったら……一秒でも早く———。


 早く———!


「す、すみません!!! 青柳さん!!!」


 土下座をした。


「えっ……、あ……、ああ……。い、いいよ! わ、私は気にしないから……。か、顔を上げて! 千春くん」

「でも、俺……青柳さんに! やってはいけないことを……、本当にすみません!」

「ち、千春くん……」


 その時、美波が部屋に入ってくる。

 なぜ、このタイミングで……。


「小春〜。夕飯の準備終わったよ、早くあいつ起こし———。二人とも……何してるの?」

「…………」

「あんた……、小春を泣かせたのか? 何をしたの? 私の小春に」


 ……


 素直に話したら、持っていたオタマで俺の頭を叩く美波だった。

 夕飯を食べる前に眠気が消えていいね……。ちょっと痛かったけど…………。


「まったく……、あんた寝たふりしてたよね?」

「んなことするわけねぇだろ?」

「小春、大丈夫?」

「う、うん……。ちょっとび、びっくりしたけど……。千春くんもわざとじゃないって言ったからね。気にしない」


 と、青柳さんが「気にしない」って言ったのに、どうして俺を睨んでるんだよ。

 本当に知らなかったぞ……。

 まさか、青柳さんが俺を起こしてくれるとは……。美波も高校生の頃、あんな風に俺を起こしてくれたから勘違いしちゃった。いや、待って……。あの頃の美波なら足で俺を踏んだかもしれない。


 急にテンションが下がる。


「千春くん、頭大丈夫?」

「えっ? はい! 大丈夫です」

「もっと強く叩くべきだった」

「美波……。それはひどーい!」

「えっ、なんであいつを庇うの? 小春」

「えっ? そ、そうかな……? し、知らない! 早く食べよう!」


 てか、庇ってくれるのはいいけど……、どうして俺のそばに座るんだろう。

 さっきまで青柳さんの胸を触った俺のそばに……。どうしてだぁ……! 分からない。


「まったく……」

「ひひっ、いただきまーす」

「いただきます」


 なんか、こうやってうちで夕飯を食べるの久しぶりだな。

 美波は相変わらず俺に怒ってて、青柳さんは相変わらず俺を庇う。あの時と一緒。

 そして、すぐそばで美味しそうに食べているその姿をちらっと見ていた。懐かしいね。


「あーん」

「い、いいです! 美波が見てますよ!」

「えっ? 何してんの? 二人とも」

「あーん。千春くんに食べさせるのめっちゃ楽しいからね……! や、やっぱり私がやるのは嫌かな……?」

「そ、そんなわけないじゃないですか……」

「じゃあ、あーん♡」

「はい……」

「ひひっ♡」


 俺に食べさせるだけなのに、何がそんなに楽しいんだろう…………。

 それに美波はそんな青柳さんを見てため息ついてるし、なんか恥ずかしい。


「…………」


 そして、ふと涼太に言われたことを思い出した。

 今……俺が青柳さんに抱いているこの感情はなんだろう。確かに、青柳さんは可愛くて優しい人だけど、俺は青柳さんとどうなりたいんだろう。俺は……自分が抱いているこの感情について上手く説明できなかった。


 今は……目の前にいる青柳さんが、元カレのことを早く忘れてほしかった。

 それしか考えていなかったからさ。そして、それ以上の関係にはならないと……、そう思っていた。


 でも、青柳さんは俺と……何がしたいんだろう。

 それが分からない。聞きたいけど、聞くのが怖かった。


「千春、小春のことジロジロ見るな……」

「えっ? あっ、あはは……」

「えへへっ、私はいいよ。千春くんが私を見てくれると嬉しいし…………、私もさっき千春くんの寝顔をずっと見てたし…………えへへっ」

「だから、時間かかっちゃったのかよぉ……! 小春!!!」

「ご、ごめんなさい……」


 ええ、美波は俺だけじゃなくて青柳さんにもあんな風に怒るのか。怖っ。


「小春」

「うん……?」


 力のない声で「うん」って……、可愛すぎる。

 てか、美波に一言言われただけなのにすぐ落ち込むのか……。


「言うの忘れたけど、私の部屋……多分倉庫になってるかもしれない」

「そうなんだ……」


 あの……、青柳さん全然聞いてなんだけど。


「仕方がない。こうなったら」


 なんで、俺の方を見るんだろう。


「千春、今日は居間で寝て」

「えっ? マジかよ」

「今日は帰れないから仕方ないでしょ? 女子たちに部屋を譲るのが紳士だと思わないの?」

「じゃあ、私! 今日千春くんので寝るの!?」


 急にテンションが上がる青柳さん、その顔を見るとなんかいやらしいことを想像してるように見える。

 まあ、美波がそうしたいって言うなら、俺に選択肢はない……。


「分かったよ。てか、美波着替えは?」

「服も貸して」

「分かった……」

「じゃあ、私たちは先にお風呂入るから洗い物と着替えよろしく」

「分かった……」

「やったー! 千春くんの部屋で一晩!」


 何しに来たんだろう……と言いたいけど、ダメだよな。

 こっそりため息をついた。

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