9 だらしない人

「それで、それで……! 食事をした後……何をした!? 何をした!? 早く話してくれぇ、千春」

「…………いや、何もしてないから……。マジで」

「うん? お前……、寝てないのか?」

「まあ……」


 寝られなかったっていうより朝からすごいのを見てしまって、いまだにそれを忘れられないのが問題だった。無防備すぎるのもほどがあるのに……、なぜ青柳さんは俺の存在を全然意識してくれないんだろう。男と一緒にいる時はもっと気をつけてほしいけど、朝起きた時……目の前にめっちゃ大きい何かがあった。


 そして、もう一つ———。


 ……


「…………あの、青柳さん?」

「うん?」

「そこで何をしてるんですか?」


 朝起きた時、なぜか俺の前でスマホをいじる青柳さん。

 なぜ、強いて俺の前でスマををいじるのかは聞けなかったけど、一応……起きたばかりだからそのままじっとしていた。


 でも……、視界に入る青柳さんのあれがすごすぎて居ても立っても居られない。

 なんなの……、あれ。

 なんで、シャツのボタンを外したままこっちを見てるんだ……? しかも、ブラの紐まで見えてくるからどうしたらいいのか分からない。すぐあれから目を逸らして、じっと目を瞑ったけど、恥ずかしいのはあまり変わらなかった。


 そして、気分よさそうに見える青柳さんが鼻歌を歌っている。

 これは一体どういう状況……?


「うん? なんであっち向いてるの?」

「い、いいえ……。もう少し寝ます」

「ねえねえ、添い寝していい?」

「よ、よくないです!」

「なんで……?」

「そ、その前に……。その格好をどうにかしてくださいよ…………」

「あっ……。つい……。家にいる時はいつもこうだからね……」


 朝から……青柳さんの胸を見てしまった俺はどうすればいいんだ……?

 わざとじゃない。目を開けた時にそこにいたから……仕方がなかったんだよ。不可抗力だ。


 でも、本人は……楽しんでるように見える。


「ボタンかけるからこっち見て〜」

「はいはい」


 てか、ボタンをかけてもあまり変わらないんだ。

 そして、近いところで見たことないから分からなかったけど……、胸めっちゃ大きい。それに顔も可愛いから……完璧すぎる。青柳さんがなぜ10代の女の子たちにモテるのか少し分かりそうだ。


 読者モデルをやっているのも無理ではない……。

 こんな完璧な人……、誰でもすぐ好きになるからさ。

 ちょっとだらしないのが問題だけど……、いいか。


「ひひひっ♡」

「朝からテンション高いですね。青柳さん」

「えへへっ、これ見てくれない? 私のロック画面!」

「はい……」


 そのスマホを見て、俺は驚いてしまった。

 ロック画面より……、その液晶どうしたんだ……?

 スマホはまだ使えるように見えるけど……、液晶が割れたまま使ってもいいのか? 怪我しそう。


「うん……?」


 そして、俺は再び驚いてしまった。

 なぜ、俺の顔が青柳さんのスマホに……?

 しかも……、ロック画面になってるんだけど、これはどういう状況だろう。


「どー? えへへっ」

「消してください」

「えっ!? ど、ど、ど、どうして……? か、可愛くないの……?」

「恥ずかしいです! それに……いつそんな写真を撮ったんですか?」

「千春くんが……ね、寝てる間に……こっそり…………」

「ダメです。早く消してください……」


 すると……、すぐ泣き出す青柳さんだった。

 持っていたスマホを床に落として、手の甲で涙を拭いているその姿を俺はじっと見つめていた。なんか……、悪いことでも言ってしまったような気がするけど、俺……そんなに悪いことを言ったのかな? 泣いている青柳さんを見て、頭の中が真っ白になる俺だった。


 ただ、俺の顔をロック画面にするのが恥ずかしかっただけなのに。

 どうしてこうなったんだろう。


「ごめんね……。私、いつも自分のことばかり考えてて…………。でも、私……千春くんの寝顔が好きで……。写真を撮らないと後できっと後悔すると思って……、それで……うっ……。ごめんね。やっぱり、私は気持ち悪い女だよね……?」

「…………えっ」

「ごめんね……。やっぱり、私みたいな女は…………」

「はいはい、そこまで! でも、逆に聞きますけど……、青柳さんは恥ずかしくないですか? 他人にスマホを見られたら『あれ? 誰? 彼氏?』とか言われるかもしれないし、いろいろ面倒臭い状況もたくさん起こると思いますけど……」

「私……友達美波しかいないから……。そこは心配しなくてもいいよ…………」

「そうですか……」


 あ、急に悲しくなった。


 てか、普通他人の寝顔をロック画面にしたりしないよな……?

 アイドルの写真なら分かりそうだけど……。


「ううん……。じゃあ、私と一緒に撮った写真は……? それもダメ?」

「はい……?」


 びくっとする青柳さんがすぐスマホを隠した。

 そして、俺から目を逸らす。


「なんで……隠すんですか? 青柳さん……」

「それは……、それを見たら! また消してくださいとか言うから! 嫌だよ! この写真は私の宝物だから……。絶対見せない!」

「まだ……、何も言ってないんですけど……」

「うっ……」


 大粒の涙を流しながら必死にスマホを守る青柳さん……、俺は両手を上げた。

 なんで、そこまで大切にしてるのかは分からないけど、宝物って言ってるからさ。

 そうしたいなら、そうさせるしかない状況だった。


「はいはい。何もしませんから、見せてくださいよ」

「ほ、本当に……? 本当に何もしないの?」

「はい」

「わ、分かった……! これだよ!」


 そう言いながら見せてくれた写真は絶対ロック画面にしてはいけない写真だった。

 いつそばに来てこんな写真を撮ったんだろう。

 いや、今はそんなことよりブラの肩紐がずり落ちてるし、シャツのボタンもかけてないし、普通にやばいんだけど……? こんな写真を……青柳さんは本気でロック画面にするつもりだったのか? 恐ろしい人……。


 言葉が出てこない。


「…………」


 俺にくっついてピースをするのはいいけど、「そんな格好で写真撮らないでください!」とは言えない俺だった。

 今は何を言っても傷つくからさ。


「どー? よく撮れてるよね?」

「はい。でも、俺は……前の写真がいいと思います……」

「どうして?」

「えっと……」


 何も思い出せない。俺は……どう答えればいいんだ?

 ここでちゃんと答えないとあの写真がロッグ画面になってしまう。考えるんだ! 千春。


「えっと……、青柳さんのロック画面を……俺が独り占めしたいから! です!」

「…………!」


 うわぁ、俺が言ったことだけど、マジバカみたいな答えだった。

 でも、泣いている青柳さんに「ダメ」とは言えないから……。俺も自分がどうしたいのかだんだん分からなくなってきた。


「うん! いいよ! スマホのロック画面は一生千春くんの寝顔にするからね! ついでに私のことも独り———」

「それはできない相談です」


 真っ赤になった顔で恥ずかしいことを言う青柳さん。

 さりげなく、断った。


「ひん……」

「まったく……、青柳さんは大人ですよね? もう泣かないでください」

「私ね。千春くんが涙拭いてくれるの……好き…………。へへっ……」


 そう言いながら笑みを浮かべる青柳さんだった。

 俺は……このだらしない人をどうすればいいんだろう。全然分からない。

 美波!!!!!


 ……


 結局、青柳さんのロック画面は俺の寝顔になって、止めるのはできなかった。

 神様……。どうして、俺にこんな試練を……。


「どうした? 千春」

「いや、なんでもない……。ちょっと疲れただけ」

「そうか?」


 やっぱり、涼太には言えない…………。

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