7 気遣ってほしい

 俺、高川千春……。今、絶体絶命の状況に陥っている。

 確かに、今日電話で一緒に夕飯を食べましょうと言ったけど、まさか行ったこともないイタリアンレストランに連れてくるとは。そして、メニューもそうだ。これ……ちゃんと日本語で書かれているのに、どういう食べ物なのか全然分からない。助けてくれぇ、美波。


 どうしたらいいのか、分からないよ……!


「どうしたの? こういうの嫌……?」

「い、いいえ! 嫌っていうよりなんか落ち着かないっていうか、こんなところ初めてです」

「そう? 私は美波とたまにくるけど……。でも、男と来るのは初めてだよ……!」

「そ、そうですか? あ、あの……。ここちょっと高そうに見えますけど…………」

「大丈夫! 私に任せて!」


 そう言いながら自分のクレジットカードを見せてくれる青柳さんだった。

 まあ、任せてって言ってるから……いいかな。


「あの……、青柳さん」

「うん?」

「次はあーんとか、間接キスとか、みんなの前であんなことしないでください……」

「き、気持ち悪かった……? わ、私は……、ただ…………! 美波といる時もそうやってたから……! わ、私たち友達でしょ?」

「そうですけど、美波と違って俺は男ですよ……? それに、みんなの前であんなことをしたら誤解されます」


 さりげなくサンドイッチを食べさせたのは俺のミスだったかもしれない。

 俺も……ちゃんと注意しないとな。


「どんな誤解?」

「付き合ってるとか……」

「…………つ、付き合ってる!」


 なんか、変な妄想をしてるような気がするけど、大丈夫かな…………。

 二人っきりの時は……俺が青柳さんの事情を知っているから別に構わないけど、人が多いところであんなことはやっぱり恥ずかしい。しかも、いつ恥ずかしいことをするのか全然分からないからさ。


 いわゆる、天然爆弾。


「だから、青柳さんと二人っきりじゃない時は我慢してくださいってことですよ」

「…………そうなんだ。じゃあ、二人っきりの時はあんなことやこんなことをしてもいいってことだよね?」

「それは、違います」

「ひん……。なんだよ、私はもっと……仲良くなりたいのに…………」

「はいはい、知ってますよ。あーんしてください」

「あーん」


 てか、落ち込んでいても「あーん」はするのか。可愛い…………。

 それにどっちが年下なのかだんだん分からなくなる。高校生の時は美波と一緒だったからか、こんな雰囲気じゃなかった気がするけど……。今の青柳さんは、外に出るとすぐ変な男たちにナンパされそうな人になった。


 まあ。でも、涼太たちの前では普通を演じだからいっか。

 そういえば、女子大生の雰囲気めっちゃすごかったよな。カフェに入ってきた時、少しビビったかもしれない。いい香りやメイクなど……、高校生とはレベルが全然違うからさ。やっぱり、読者モデルってことか。


 てか、食事をするだけなのにそんなにオシャレした人……俺初めて見た。


「私ね……。ううん…………」

「どうしましたか?」

「もっと……私のことを大切にしてほしくてね……。美波はいい友達だけど……、男じゃないから! 私は……友情もいいけど、『愛』も欲しい! 誰かが私のことを好きになって、私もあの人のこと好きになって……、一緒に幸せになりたいよ! 千春くん……!」

「へえ……」


 待って、青柳さんの声が震えている。

 そして、顔もだんだん赤くなっている。


「……だから、私……」

「…………青柳さん?」

「私……」


 もしかして…………! アルコールを飲んだのか?


「ワイン……! いつそこに!?」

「そうよ〜。このワイン! 私めっちゃ好き〜」


 まずい、青柳さんがワインを飲んだ。緊急事態…………!

 こうなると……。


「寂しい…………。千春くんがそばにいてくれないと、私きっと……そのまま死んだはずだよ!」

「は、はい……。お、落ち着いてください」

「ねえ、お願いだから私を離れないで。千春くん……」


 やばい。てか、ワインをどれくらい飲んだのか分からない……。

 青柳さんと話すことに集中していて、ワインを飲んでいた事実に全然気づいていなかった。こんなレストランも初めてきたし、いろいろ緊張していたかもしれない。まずいまずい、このままじゃ俺が青柳さんを家まで連れて行かないといけない状態になるじゃん。


 そうだ、S O Sだ。こういう時こそ……、美波に!


(千春)美波、青柳さん酔ったから迎えにきて。

(美波)住所教えてあげるから。

(千春)お、ありがと。で、来ないのか?

(美波)任せた!


 美波!!!!! 早くその家から出てよ!!!!!

 毎回、家で何してんだよぉ……!


「ううん……。千春くん……からいい匂いがする。どんな香水使うの〜? えへっ」

「…………青柳さん?」

「はい! 青柳小春です! 行きます!」


 そう言いながら俺のそばに座って、さりげなく肩に頭を乗せる青柳さんだった。

 また……、俺がやらないといけないのかよぉ……。

 でも、ここから遠くないところに青柳さんの家があるから……、不幸中の幸いか。


「ごめん……。許してぇ……。次はもっと……頑張るから…………」

「…………」

「ううん……、私のこと大切にしてぇ。千春くん…………」

「寝言ですかぁ、はいはい……」


 他の人だったらそのまま放置して、すぐ帰ったはずだけど……。

 そばにいる人が青柳さんだから……、俺はそうできなかった。ちょっとアホっぽくて、ラ〇ンをたくさん送る人だけど、それでも俺の初恋の人だったからさ。この服装も今日の食事を意識したからだろ……? 本当に可愛い。


 そういえば、俺……まだ青柳さんに言わなかった気がする。


「…………まあ、酔っ払って聞こえないかもしれないけど……。今日の青柳さんめっちゃ可愛いです……。うっ、恥ずっ」


 うわぁ、めっちゃ恥ずかしんだけど、これ……。

 涼太はこんな恥ずかしい言葉をしょっちゅう清水に話していたのか? すげぇ。


「…………」


 そばでじっとしていた小春が、俯いて真っ赤になった自分の顔を隠す。

 そして、こっそり微笑んでいた。


「さて、美波も来ないから……。俺が家まで連れて行くしかないな」

「…………」


(美波)あ、そうだ。小春に変なことをしたら殺す。

(千春)しねぇよ! そうだ! 美波が連れていけば?

(美波)任せた!


 このくそ姉貴!


「…………」


 ちらっと千春の横顔を見る小春が、ぎゅっと彼の腕を抱きしめる。

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