4 夕飯は、任せて!

 午後五時四十五分、近所のファミレス。

 パスタを食べていた美波が、持っていたフォークをテーブルに落した。

 そして、ため息をつきながら前髪を後ろに流す。


「マジ……? 小春。今の話……、マジなの?」

「う、うん……」

「いやいや、もう一度聞くけど……。本当にあの男が千春と似ているから付き合ったの?」

「うん、美波……。私、同じこと六回言ったけど……」

「知ってる! 小春。でも、どうしてだ?」

「ご、ごめん…………」


 すぐ泣き出しそうな小春の前で、美波はまたため息をついた。


「そんなことだったら……、なぜ私にすぐ話してくれなかったの?」

「その時は……、美波も……、その彼氏がいたからね。余計なこと言いたくなかったし…………」

「それとこれと関係ないんでしょ? じゃあ、私が別れた理由を聞かなかったらずっと言わないまま我慢するつもりだったの?」


 こくりこくりと頷く小春に、テーブルに置いていたコーヒーを一気に飲む美波だった。

 そして、すごい目で小春を見つめる。


「ずっと元気なさそうに見えて聞いてみたけど、はあ…………」

「ご、ごめんなさい……」

「あのクソ男……、小春の好意を利用してずっとお金ばかり要求してきたんだろ? 知ってたよね? そのせいで、付き合ってからずっとバイトばかりやってたじゃん。小春」

「うん……」

「なのに……、あいつ……。一途に献身してきた彼女を置いて浮気をしたの? マジであり得ない」

「ご、ごめんなさい」

「はあ……。でも、別れたからもういい。私も詳しいことをすぐ聞かなかったから、ごめんね」

「ううん……」

「分かったよ。どうして、私にそんなことを聞くのか分からないけど……。好きにすれば……? 千春もそんなこと気にしないはずだからね。あ、そうだ。学校なら〇〇高校だよ」

「あ、ありがと……」

「バカ。今までずっと我慢していたの?」

「うん……」

「まったく……」


 ……


 電車の中、今から俺は青柳さんの家に行く。

 とはいえ、俺は女子の家に行ったことないからさ……。美波は家族だから平気でいられるけど、やっぱり……美波以外の女子はちょっと苦手だった。しかも、あの青柳さんの家だし、俺から変な匂いがしたらどうしよう……。何もかも全部気になってどうすればいいのか分からない俺だった。


 ずっと緊張している。


「ねえ、好きな食べ物あるの?」

「えっと……。オ、オムライスとか……」

「いいね! すぐ作ってあげるから、そこで待ってて」


(お母さん)今どこ?


 今度はお母さんからラ〇ンが来た。


(千春)友達の家、今日は夕飯いらない。ここで食べるから。

(お母さん)分かった。そして、小春ちゃんと仲良くしてね。


 なんで、知ってるんだ? エスパーかよ。


「誰と連絡してるの?」

「お母さんです。今日は夕飯いらないって送りました」

「そうなんだ……。はい! 食べて……。美味しいかどうかは分からないけど……」

「い、いただきます!」


 自信なさそうに言っても、青柳さんのオムライスはすごく美味しかった。

 そういえば、たまに……うちで作ってくれたよな。味が全然変わっていない。めっちゃ美味しい。


 なんか、懐かしくなる。


「な、なんで笑うの?」

「いいえ。あの時と同じ味がして、懐かしいなと思ってました。青柳さんはお母さんと美波がいない時に、こうやってオムライスを作ってくれましたから……」

「へえ。すごい昔のことじゃん、それ……」

「この味はちゃんと覚えてますよ」

「…………うっ」


 そして、なぜか泣き始める青柳さんだった。


「ど、どうしましたか? い、いきなり!? え、えっと……。俺、なんか変なことでも言いましたか? 青柳さん!?」

「ううん……。美味しいって言ってくれたのがすっごく嬉しくて……、それが嬉しすぎて涙が出ちゃった……」

「は、はい……」

「あのね!!!!! 千春くん!!!!!」

「はい……? ど、どうしましたか?」

「私……、あ、あーんしてあげたい!」


 ここは……まず青柳さんに合わせてあげた方がいいよな。

 てか、「あーん」って。子供じゃあるまいし、そんな恥ずかしいことをやってくれるのか? あの……青柳さんが、俺に!? 信じられない。


「あ、あーん……。口開けて……」

「は、はい……」

「…………っ、恥ずかしい……」


 自分からやっておいて、俺の前でそんなことを言うのかよぉ……。

 それより、そのスプーンは……さっきまで青柳さんが舐めていたスプーンだろ?

 ちょっと、待って待って待って待って……! そういえば……、俺たち同じオムライスを食べているけど、わざわざ食べさせる必要あるのか? そして、それを食べた後に気づいた俺もバカみたいだ。


「…………」


 うわぁ、恥ずかしすぎて顔がだんだん熱くなってるような気がする。


「……お、美味しい?」

「はい……。すごく美味しいです」

「じゃ、じゃあ! また!」

「い、いいです! じ、自分で食べますから! 大丈夫です! すっごく美味しいんです!」


 ……


「ご、ごちそうさまでした!」

「う、うん……」


 めっちゃ美味しかったけど、これは食事じゃなくて、まるで戦争みたいだった。

 ずっと緊張していたからさ……。


「か、帰るの? 千春くん……」

「はい。そろそろ帰らないと、明日学校に遅刻するかもしれません。あはは……」

「うちにと、泊まってもいいよ! 私の部屋は広いからね!」


 なんで、こんなに積極的なんだろう。

 しかも、この家……ご両親と一緒に暮らしているように見えるけど……。


「あっ! お父さんとお母さんは今外国にいるから気にしなくてもいいよ!」

「いいえ。俺は……俺の部屋じゃないと眠れないんで。でも、誘ってくれてありがとうございます!」


 てか、さっきの話はちょっと危険だった気がする……。

 男の俺が女子一人しかいない家に泊まっていいわけないだろ。青柳さんは何を考えてるんだろう。


「うん……。じゃあ……、私たち今日から……友達だよね? 千春くん」

「はい! 友達です」

「また……、来てくれるよね? 次は一緒にパジャマパーティーしよう!」


 いくらなんでも、それは早すぎだと思いますけど……?


「…………」

「い、嫌なの?」

「いいえ! や、やりましょう! パジャマパーティー!」

「うん!」


 その話を聞いて安心したのか、やっと笑ってくれる青柳さんだった。

 やっぱり、青柳さんの笑顔は可愛いな……。


「お、送ってあげるから!」

「いいです! 一人で行けますから!」

「そ、そうなんだ。じゃあ……、またね! 千春くん。連絡するから!」

「はい!」


 すごく緊張していたけど、青柳さんのオムライスはめっちゃ美味しかったし。

 まあ、いっか。久しぶりに楽しかった。

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