2 姉の友達②

 泣いている青柳さんには悪いけど、美波にそう言われたから俺も仕方がない。

 そんなことより、なぜこんな時間に一人で泣きながらビールを飲んでるんだろう。

 もしかして、失恋したから……? それをずっと我慢していたのか。


「うっ……」


 そして、大粒の涙を流す青柳さんがじっと俺の方を見ていた。

 この状況で何を言えばいいのか全然分からない。周りに失恋した人もいないし、こういうの初めてだったから。でも、話を聞いてあげることくらいなら普通にできると思う……。一体、元カレと何があったら……あの明るい青柳さんが泣きながらビールを飲むんだろう。


 まずは落ち着くまで待ってみた。


「落ち着きましたか? 青柳さん」

「ううっ……。私はやっぱり死んだ方がいい…………。私なんか! 誰も好きになってくれないよ! ずっと一人で……、ずっと一人ぼっちで……、誰にも愛されず必要とされず……、そのまま死ぬんだよぉ……!」

「…………」


 どうやらもう少し時間が必要かもしれないな。

 それに、ビールも飲んだし。


「一応、俺の部屋に入りましょう。居間で話したら美波が起きるかもしれません」

「うん……。ねえ、ビール持って行っていい?」

「は、はい……」


 この状況でまたビールを飲むなんて、そんなにつらいことなのか。失恋って。

 まあ、彼女を作ったことない俺にはよく分からない感情だから……理解できない。

 まずは、青柳さんに布団をかけてあげた。


「それで……。何があったんですか? 悩みがあるなら聞いてあげます。美波は寝てるし、青柳さんも早く寝ないと困りますよね?」

「うん……。私ね…………」

「はい」

「浮気をした彼氏に、振られた…………」


 待って、浮気をしたくせに……青柳さんを振ったのか? マジか?


「私より可愛くて、私より優しくて、私よりお金持ちで、私より……! 私より……いい女を見つけたって……。そして……、飽きたからもう別れようって……電話でそう言ったの。それで落ち込んでいたら、美波が『今日は一緒にいよう』って電話をしてここに来ちゃった……」

「…………」


 美波……、お前失恋した人に荷物の片付けを頼んだのか。

 さすが俺の姉らしい発想だ。

 まあ、美波も彼氏と別れた後……、徹夜で勉強をしていたからさ。嫌なことを忘れるためには他の何かに集中する必要がある。でも、青柳さんにはそれが効かなかったみたいだ。


 そんなことができるのは……美波だけだよな。


「ねえねえ……! 私たちね、二日前まで『好き!』とか『今週デートしよう!』って、仲良くラ〇ンをしていたのに……。どうして急に……私のことが嫌いになったのか全然分からない! どれだけ考えても分かんないよ!」

「それは……俺にもよく分かりませんね」

「だから……、私は決めたの」

「はい? な、何をですか?」

「ビールをたくさん飲んで、この場で死ぬ!」

「そうしたら……その後、俺と美波が疑われると思いますけど……」

「知らない! 知らない! 私には…………、もう生きる意味がないよ! 数日前まで『小春しかいないよ』って、甘い言葉を言ったくせに! 他の女とキスした写真をイ〇スタに…………載せるなんて」

「…………」

「彼氏と一緒に……楽しい思い出を作りたかったのに……。たくさん作りたかったのに…………」

「はい……」


 ぼとぼと……。膝に落ちる涙を見て、さりげなく彼女の涙を拭いてあげた。

 なんか、青柳さん……壊れたように見える。大丈夫かな。

 親指でその涙を拭いてあげたら、青柳さんの大きい瞳に俺の姿が映っていた。そして、じっと俺を見ている。相変わらず、可愛い人だな。口には出せないけど、泣いているその姿が男の保護本能をくすぐっていて、とてもやばい……。すごく可哀想に見える。


 やっぱり、笑ってほしいな。


「…………優しい、千春くん」

「…………青柳さんが泣くと俺も悲しくなりますからね……、俺は高校生の頃に俺に笑ってくれた青柳さんが好きです。泣き顔は似合わないんですよ。早く元気を出してください!」

「…………千春くん」

「はい?」

「好き…………」


 酔ったな……、ふらふらしている。

 そして、やっと泣き止んだのか。


「はいはい。そろそろ寝ましょう、青柳さん」

「ねえ、好きって言って…………」

「…………」


 さて、ここでどう答えるべきか、少し考えてみたけど……。

 なんか「好き」って言わないといけないような気がして、すごく照れていた。

 そんな言葉、今まで一度も言ったことないからさ。そんなことより……、早く言わないとすぐ泣き出しそうな顔をしている。


 やばすぎ……。


「うん? 千春くん…………」

「はいはい。俺も青柳さんのこと、好きですよ。早く部屋に戻ってください。ビールとノートパソコンは俺が適当に片付けますから」

「…………」

「どうしました?」

「私……部屋に戻るから……」

「はい」

「お、おやすみ……!」


 そう言いながら千春の部屋を出る小春、彼女は真っ赤になった顔を両手で隠していた。

 そして、こっそり美波の部屋で千春を覗く。


「…………」


 ……


「テーブルも拭いたし、これでいっか。まあ、失恋して悲しくなるのは仕方がないよな。てか、美波は自分の友達が落ち込んでるのに……。何もせず、一人で寝てるなんて」

「だよね?」

「うわっ! び、びっくりしたぁ……」


 部屋に戻ろうとした時、後ろから青柳さんの声が聞こえてきた。

 真っ暗で何も見えなかったから、びっくりして死ぬかと思った。そういえば、青柳さんは部屋で寝てるんじゃなかったのか……? なぜ、俺の袖を掴んでいるのか分からない。


「…………」


 もしかして、話したいことでも残っているのかな? あるいは、眠れないから?

 とにかく、後ろにいる青柳さんと目を合わせた。


「…………えっと」


 なんで、うじうじしてるんだろう……。青柳さん。

 そして、下唇を噛んでいた。


「ねえ……、千春くん!」

「はい。青柳さん」

「私たち……、付き合っちゃおうかな……?」

「えっ? 嫌ですけど……」

「なんで!!!!!」


 さりげなく、断った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る