第15話 朝から散々な目にあった曲者。疑われるカナデ。

「お兄にゃーん……」


 悪役令嬢ハナにゃん十五歳は、お目目をうるうるさせ、ピンク色のお鼻を両手の肉球で押さえ、何でも解決してくれる優秀なお兄様を、曲者の腹の上から呼んだ。


 呼ばれた彼は、妹の下敷になりきわどいポーズをキメている謎の令嬢へまったく視線を向けず、「失礼」クールな声をかけ、コツ――と一歩近付いた。


 そして、返事を待たぬまま、幼い妹をサッと抱き上げると、側に立っていたカナデを一瞥し、何事もなかったかのように、クールに歩き出した。


「え……」


 腹の上の猫が消えると同時に美しく科を作り、悲し気な表情で助け起こされるのを待っていた曲者が、小さく声をあげる。


 が、黒髪の男も、青みがかった銀髪の男も、制服を着た『おかしな猫』以外に見向きもしない。


 そのうえなんと、その『おかしな猫』にひどい(ひどいなどという陳腐な言葉では到底片付けられないが〝思い出してはならぬ〟と、何故かイマジナリーフレンドが叫んでいる)目に遭わされた彼女が引き留める間もなく――数十メートルは先にある――尖頭アーチの連なる通路へと、瞬きするほどの時間で消えてしまっていたのだ。


「噓でしょ……。どうみても被害者はヒロインのアタシじゃない……。何なのよ、あの変な猫……!」


『ヒロイン』は綺麗な顔を歪め――かけたが、人前でそれを見せるようなみっともない真似はしなかった。

『どこに目ぇつけてんだテメェ』などという下品な発言は絶対に許されない。

 いまの彼女は誰が見ても『おかしな猫』に突き飛ばされ、石畳で足をとられて転んだ悲劇の美少女なのだ。


 それに、と彼女は美しく座り込んだまま考えた。


 そもそも出会いイベントなんて、このゲームでは大して重要な要素じゃない。

 あの二人の異様に冷たい態度は少し気になるが、こっち系では普通のようにも思える。もっとひどいゲームなら、暴力的なのも……。

 とにかく、好感度最低なところから『愛している!』『もうお前しか見えない!』になるところが面白いのだ。


 まずは『悪役令嬢ハナ』が出てくる前に――。

 ……ハナ? 一瞬、ヒロインの脳裏に何かが過ぎる。


 しかしそこで、『悲劇の美少女』を心配した男達が近付いてくる。

 ――考えごとをしてる場合じゃない。

 ともかく、シハイリツを――。


「君、大丈夫かい? 陣が発動しなかったのかな……? とにかく、医務室へ行くなら付き添うよ」 


「ありがとう、でも、ごめんなさい……。足をくじいてしまったみたい」


「そう、じゃあこれにつかまって」


 といって心優しい男達がガラ……ガラガラ……と押し出したのは『学園創始者の銅像・車輪付き』だった。

 そのあと、表情が極端に崩れる以外にも、いくつかの不幸に見舞われたヒロインは、精神的ストレスのせいで帰宅し、入学式を欠席した。



「猫の鼻は敏感だというのに……」


 学園敷地内にいる自身のボディーガードに指示を出し終えたカナデは、『とにかく嫌そうな顔で目をつぶっている猫、ハナにゃん』をじっと見つめた。


「浮気か」


 クールなお兄様は腕のなかのハナにゃんをなでながら、妹の婚約者(仮)の不義をクールに疑った。

 殺すぞ、と。


 パッと目を開けた悪役令嬢ハナちゃん十五歳は、『婚約者イコール将来の夫』であることなどまるで想像せず、『婚約破棄イコール〝とりあえずアンタいつか不幸になるよ〟』であるという考えに至った。


「フシャー!!」

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