第16話 悪役令嬢ハナちゃん十五歳。学園長室に肉球を踏み入れる。

「ただの刺客だ、お前が心配するような生き物じゃない」


 直接被害を受けたのは、運悪く風下にいた猫(ハナ)であったが、女が何かしらの目的をもってカナデに怪しげなハンカチをぶちまけてきたのは明白である。


 彼は、まるで猫を婚約者にしてしまった人間のような態度で、婚約者(仮)が放った『フシャー!!』に静かに答えた。

『猫の気持ちが分かる本』から得たあれこれによると、猫と接するときはゆったりとひそやかに話すのがいいらしい。


 そして彼女のクールな兄から無理やり聞かされたあれこれによると、難しい言葉と意地悪な言葉、冷たい言葉、望まぬ答え、それらのすべてを封じ、幼子と接するように深き愛をもち、幼い妹の聞きたい言葉だけをすみやかに答えよ、というのが『彼の幼い妹と接する者の心得』らしい。

 

 こいつとは一度しっかりと話し合いをしたほうがいいだろう。


「こちらでも『ハンカチのような物体』の一部を調査している。犯人の取り調べは学園側が行うだろう」


「お兄にゃーん……」


 クールなお兄様はそう言って、綺麗に巻いた髪が少々乱れ、目つきも悪くなった妹ハナちゃん十五歳を宥めるようになでた。

 あとでもう一度巻いてやらねば、と。



 学園内のセキュリティ映像をチェックしていた彼らは驚愕した。

 可愛い猫ちゃんがあばれるほどの香水が付いた、刺繡入り、氏名入り、住所入りの怪しいハンカチを、やんごとなき身分の方々がお通りになる場所で、背後から貴人に投げつけるなど、とんでもないことだと。


 ――有り体にいうと『お偉いさんのお子さんになんてことを! この馬鹿!』というやつである。『俺たちの勤務時間中に問題を起こすんじゃねぇ! 馬鹿馬鹿!』というやつでもある。


 そうしてあちこちから警備、ボディーガード、SP、マスクで顔を隠した者、顔の怖い執事といった者達が学園校舎入り口付近に集まり、座ったまま変顔をキメていた犯人をいっせいに取り囲むと、一応ここの生徒らしい犯人を、丁寧に連行した。


「え? な、なんですか……? 嫌……! 歩けます……! 自分で歩けますから! 神輿に乗せるのはやめて下さい……!」


 だが悪役令嬢ハナちゃんも無罪放免とはいかなかった。

『千代鶴家の猫ちゃんのご機嫌はいかがですか?』と呼び出されてしまったのだ。


 こうして、悪役令嬢ハナちゃん十五歳、現在大分ごきげんが傾いている猫ちゃんは、当然のように、クールなお兄様と婚約者(仮)のカナデ様に付き添われ、行き来が面倒な学園長室へ「にゃーん」と到着したのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る