第14話 朝から激し過ぎる両者の攻防。立ち止まる生徒達。

 恐ろしい『住所氏名入り香水ハンカチ・強』約十枚にやられたハナちゃんは、お兄様の腕の中であばれた。


 猫の体を無理やりつかんではいけない――。


 お兄様がすぐに大切な妹を、石畳――良家の子息・子女の登下校時に万が一にも怪我人がでないようにと身体強化の魔術陣の形に並べられたそれ――に降ろしたとき。


 陣が光った。


 ところが運悪く、石畳に使われているピンコロ石の隙間で肉球がキュ……となり、驚いたハナにゃんはさらに「フシャー!!」と悲鳴を上げ、ピンコロ・バフ魔術陣で強化された脚力で、勢いよく前方へと駆け出した。


 そして驚くべきことに、威力を増し、弾丸と化した悪役令嬢ちゃんのピンコロ・バフ・アタックが、曲者の膝裏にドボォ……! と運悪く決まってしまったのだ。


「ぶぉ……きゃー!!」しかし只者ではない曲者は、上げかけた無様な呻きをこらえ、高く愛らしい悲鳴へとすぐさま切り替えた。


 だが悪役令嬢の爆走ピンコロ膝カックンをくらった彼女は、当然体勢を崩す。


 曲者の目に、振り向いた黒髪の男、美し過ぎるご尊顔に浮かべられた驚きの表情がうつる。


『ああ、そんな顔もするのね、切れ長の釣り目が最高……! アタシが可愛すぎてびっくりしてる!』

 

『美しく、でも思わず駆け寄ってしまうほど痛そうに……!』


 髪の流れまで計算して倒れようとした曲者の足元でも、『あなたの健康を守ります!』とピンコロ魔術陣は子女の健康を願う。


 後ろ向きに倒れかけた体が弓なりに曲がり、美しいエビ反りになる。

 そうしてそのまま、すらりとした腕が石畳へ伸び、まるでジャーマンスープレックスのような曲線を描く見事なブリッジが、ガッ! と健康的に決まった。


 突然始まった両者の奇襲攻撃。

 超えてはならない一線と並走する健康的な戦いに、入学式へ向かおうとしていた学園生達は足を止め、拍手を贈り、両者を褒め称える。


「なんて勇ましい猫ちゃん……」

「見て、あのブリッジ、まるで堅牢な橋のようだわ……」

「いま凄い音がしなかったか……?」


「あれは……馬のひづめ……?」

「いや、分度器じゃないか……」と。


 ハナにゃんの怒りと苦しみはおさまらない。

 彼女は分度器のように美しいラインを描く曲者にシュッ! と飛び乗り、爪とぎを開始した。

 

 激し過ぎるさすが悪役令嬢、これぞ猫の極み、もうすぐ大惨事という追撃に学園生達から声が上がる。


「素晴らしい身のこなしだな……」

「凄い猫だ……」

「そういえばあの猫ちゃん、制服を着ていらっしゃるわ……」


「猫だと……?」通り過ぎようとしていたどこかのイケメンが、ふいに立ち止まる。


 注目されはじめる愛らしい悪役令嬢。怒りの連続猫パンチ。

 しかし絶対に怪我をしない曲者。上昇する体温。腹部からも香水が香る。


「フシャー!!」


 両目をつぶり、叫ぶハナにゃん。

 爪とぎが加速する。


 しかし、曲者の口から思わず『ぐわーっ!』と歴戦の勇者のような声が漏れる前に、両者にとっての救いは訪れた。


「ハナ、大丈夫か」


「おい、ハナ。その香水から離れろ」

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