第13話 そして学園へ。敵との再会。

 ハナちゃんは一体どうしたことか、まるで呪われて猫になった悪役令嬢のような声で「にゃーん!」と鳴き、大暴れした。

 部屋中を弾丸のように駆けまわり、誰かの私物と『A型バリケード安全第一』がぶつかるような音がガシャーン!! と響く。


 クールなお兄様は弾丸になった妹を止めず、見守り、最後には他所様のベッドに穴を開ける勢いで爪とぎを始めた妹が、本当に掛け布団にバリッバリバリッビリィ! と穴を開けたのを見て、クールに頷いた。


「もうここはお前の部屋でもある。好きにしなさい」と。


 その数分間、御曹司で俺様なイケメン、カナデ様はずっと、『可愛い猫ちゃんに部屋をめちゃくちゃにされている人間』と同じように、腕組みをし、目を閉じ、嵐が過ぎ去るとき、もとい獣の気が済むときを、泰然たる態度で待っていた。



 そうして彼らは婚約したのかしていないのか、相性はどうなのか、よく分からない状態で別れ、しばらくのあいだ婚約者(仮)として過ごした。


 時々クールなお兄様が彼のところに大事な妹を預けると、カナデ様はなぜか口数を減らし、なぜかショッキングピンクの包丁を握って部屋の中をウロウロと徘徊する婚約者(仮)を刺激しないよう、ソファで静かに本を開いた。

 世界中のあちこちから集めた『猫の気持ちが分かる本』を。


 檻の存在は無視した。あれはおそらく『壊されたくない物はここに入れろ』というクールな友人の気遣いであって、『年齢よりも幼いという問題以前にほぼ猫な妹』を入れるためのものではないと理解していたからだ。


『お前が入れ』という檻ではないはずである。



 そうして迎えた『ハナちゃんでも入れる』素敵な学園・高等部、入学式。


 勉強嫌いのハナちゃんなら入れるが『勉強嫌いの猫ちゃんはちょっと……』という学園側の見解。

 千代鶴家側は当然のように金を積み、魔法も魔術も医術も帝王学も大体なんでも学べる詰め込み教育的な学園の経営者を黙らせた。



「お兄にゃーん。この部分を巻き直してください、こちらのほうが少し跳ねておりますにゃーん」


「もう学園に着く。我慢しなさい」


 御自慢の縦ロールを見ていた悪役令嬢ハナちゃんの猫の手から、クールなお兄様がするりと手鏡を引き抜く。

 立派な門を通り過ぎ、彼らを乗せた車が巨大な城へと近付いてゆく。


 運転手に開けられたドアからゆっくりと、一匹の令嬢を抱えた男が降車する。

 こうして、学園の制服に身を包んだ悪役令嬢ハナちゃんは、お兄様に優しく撫でられながら優雅に、荘厳な学園の敷地へと降り立った。



 間を置かず、知らない場所の空気をふんふんふんふんしていた用心深い彼女の猫目が、曲者をとらえる。


 一見するとただの女子生徒にしかみえないその後ろ姿。

 サラサラの髪をやや強めの風でなびかせたひとりの少女が、「きゃ……」と小さな悲鳴を上げ、首元か耳元か、その中間あたりにくねっとした両手首を当てた。

 

 ヤツだ――! 

 悪役令嬢ハナにゃんのおひげセンサーが、にっくき大悪党的な何かに反応し、ピーンとなる。


 その次の瞬間、なんと曲者の手元から、約十枚のレース付き香水付き刺繡入り名前入り住所入りハンカチが、前方を歩く黒髪のイケメン御曹司を目指して飛んで行ったのである。


 敏感な鼻に強烈な刺激を受けた悪役令嬢ちゃんは、悲鳴を上げた。


「フシャーッ!!!」

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