前のエピソード――第2話　悪役令嬢ハナちゃんと、クールで優秀なお兄様。

　中身も外身も成長しない可愛い妹十四歳を膝にのせ、優秀な彼は〈乙女ゲーム〉なるものを攻略していった。

　そうして、優秀すぎるお兄様の操る〝最強ヒロイン〟によってこてんぱんにされた〝実は中ボスどまりだった悪役令嬢〟を見てしまった悪役令嬢ちゃんは、幼い子供のようにギャン泣きした。

（幼児に見せるには刺激が強かっただろうか）

　お兄様は育児に悩む親のように、手のかかる可愛い妹十四歳をあやした。

　一人で寝るのが怖くなった悪役令嬢ハナちゃんは、枕とぬいぐるみとランドリーバスケットで荷造りをし、パパとママの寝室へ引っ越すという奇策を講じたが、なにがしかの災難を予期したお兄様は、彼女を止めた。

「また説教をされたいのか」と。

◇

　また――、それは数日前のこと。

　勉強を厭う彼女は、ソファに座り教科書を開こうとした罪なき家庭教師の二の腕の肉を激しく揺さぶり、最高速の三輪車ていどのスピードで逃走し、セーフティーゾーンである両親の寝室にその身を隠した。

　難を逃れた悪役令嬢ちゃんは自由と暇を持て余し、遊び道具になりそうなものを探し、やがて発見した。

　個包装された風船をたくさん入手した彼女は、その見た目通り子供らしく、お水を入れて遊んだり、ママの美容液を入れて遊んだり、落として零したり、ベッドに並べて乾かしたりと、他にもあれやこれやと近隣の悪ガキよりもタチの悪いことをしたあげく、最終的に、遊び終えてくたくたになったそれらを、箱ごと玄関に安置したのだ。

　第一発見者は、お仕事から帰ってきたパパ、後ろに佇む秘書、お出迎えをしようとリビングから玄関までゆったりと移動してきたママ、ママのショールを腕にかけ、あとに続いていた家政婦長、外出しようとしたタイミングがたまたま悪かったクールなお兄様の五人である。

　それは、普段は冷静沈着なパパが眩暈を起こすほど、凶悪な事件であった。

　超絶美人で淑やかで、滅多に怒ることのない優しいママは、クソガキな悪役令嬢ちゃんを叱らず、すべての感情をパパへと向けた。

　仲良し夫婦の仲をずたずたにしかけた恐ろしい事件の容疑者は、クールなお兄様の手ですぐに捕らえられた。

　そしてカマをかけるなどの卑怯な手を使うことなく、『お前がやったのか？』とかたちだけでも疑問形で尋ねてやることもなく「ハナ、親のベッドで遊ぶな」と、もしも親のベッドの周囲にある怪しげな箱を持ち出したのが現場周辺をウロウロしていた彼女でなければあまりにひどい冷たい言葉で、クールに追い詰めたのだ。