第12話 桐花の学校案内ツアー

★前回までのあらすじ

 生徒でもない部外者のユーフラテスが何故、学校にいるのか?

 茨はその疑問をユーフラテスにぶつける。すると彼女は「元の世界に戻るための生きた情報を集めるため」と答えた。学校で転移魔法に関する情報を集めようと言うのだ。おまけにユーフラテスが着ている制服は茨のものだった。彼女に無断で持ち出したのだ。そんな度重なる身勝手な行動に、茨は押さえていた不満を爆発させる。

 とうとうキレた茨にさすがのユーフラテスも神妙な顔をして反省の弁を述べるのだが、その方向性は明らかにズレているのだった。

 そして前回のお話では茨がキレたが、ネタも切れたのだった。上手いのだった。サブタイトルの「ユー(フラテス)は何しに学校へ?」もまた上手いのだった。


~本編~

 波乱のランチタイムを終え、午後の授業が始まった。茨は反省したのかしていないのかよく分からないユーフラテスを軽快していたが、午前中と同様にユーフラテスは大人しく授業を受けていた。(ちなみに桐花は終始眠そうにしていた)

 そしてあっという間に放課後。いつもなら夕方のホームルームが終わると同時に帰宅の途に就く茨だったが、今日は違った。を一人にしたら何をしでかすか分からない。また何かロクでもないことをやらかすに違いない。茨はそう考えていた。

 常日頃「このくだらない毎日が終わってしまえばいいのに」と願っていた彼女の望みは、異世界からやって来たというユーフラテスによって成就した。しかしそれは思っていた程良いものではなかった。ユーフラテスの思考と行動は、茨に不安と戸惑いとツッコミを覚えさせた。

 今となっては平穏で退屈だった頃の日々がただただ懐かしい。平穏な日々の素晴らしさに気付かなかった自分は何と愚かだったのだろう。大切なものは失って初めてその価値に気付くのである。

 もし過去に戻れるのなら、あの頃の自分をひっぱたいてやりたい。そして「公園に寄らずに真っ直ぐに家に帰れ。全身黒ずくめの不審者には声をかけるな」と言ってやりたい。

 だが、二人は出会ってしまった。ユーフラテスの危険性を知ってしまったからには見過ごすことはできない。この危険人物を伸ばしにすればこの学校が、そしてこの街が大変なことになる。茨はそんな危機感を抱いていた。

「やーっと終わったねー。いやー、朝から頑張ったから疲れたよ今日は」

 そんな中、席へとやって来た桐花が能天気に声をかけてきた。一日中眠そうにしているばかりで頑張っていたようにはとても見えなかったが、茨はそれを胸の内に秘めておくことにした。

「せっかくだしみんなで帰ろ―よ。ついでにどっか寄ってかない?」

 そう話す桐花の顔はどこか楽しそうだ。きっと入学して初めてできた友達に浮かれているのだろう。

「それでしたら行きたいところがあるのですが、よろしいでしょうかー?」

 そう切り出したユーフラテスに桐花は尋ねる。

「いいよー。どこどこ?」

「どんな些細なものでもいいので、知識や情報が集まるところに行きたいのですがー」

「知識や情報?」

「私がここに来た理由は、元の世界に戻るため手掛かりを集めるため……というのは先程お話ししましたよねー? あの”授業”というのも大変興味深いのですが、もう少し参考になりそうな情報が欲しいなーと思いましてー」

 ユーフラテスの申し出に桐花は腕組みをしてうんうんと頷く。

「なーるほど、そーいうことね。……正直マックとかカラオケとかを想定してたから、かなり予想外の答えではあるけど、まぁいーでしょう!」

(……何がいいんだ?)

 茨の疑問をよそに桐花は続ける。

「知識と情報ねぇ……だったらやっぱ、あそこがいいかな? そうだ! ちょうどいい機会だし、あたしたちが学校を案内してあげるよ」

 そう言うと桐花はユーフラテスの手を引いて歩き始めた。

(あたし……?)

 その言葉に引っかかった茨は一緒に行くべきかと思い悩み、次第に小さくなっていく二人の背中を眺めていた。するとくるりと振り返った桐花が茨に向かって叫んだ。

「ほら! ばらちーも早く!」

「……やっぱり私も行く流れなのか……」

 茨は小さくつぶやくと、遠ざかる二人の後を追うのだった。


「たくさんの椅子とテーブルが並んでいますねー」

 ユーフラテスが感心したようにつぶやく。三人がやって来たのは一階にある学生食堂だった。昼時には大勢の生徒たちで賑わう食堂も、今の時間は閑散としている。(ちなみに茨は今まで一度も学食を利用したことがない。入学したばかりの頃に興味本位で訪れてみたが、あまりの人の多さにすぐさま引き返した。それ以来、彼女の昼食は家から持ってきた弁当かパンである)

「それで……何で学食? ここが桐山さんが言ってたところ?」

「ううん、違うよ?」

「違うんかい!」

 茨のツッコミをものともせずに桐花は続ける。

「目的地はここじゃないけど、学校案内も兼ねてるからねー。それにそんなに簡単に答えにたどり着いたら、面白くないじゃん?」

「面白い、面白くないの問題じゃないと思うけど……」

「まぁまぁ、そう言わずにさ。それにこっちの世界のルールや常識についても教えれば、ばらちーも安心でしょ?」

 言い終えると桐花は学食を出て、意気揚々と歩き出した。ユーフラテスはそれに続き、茨もまたその後を追う。

 音楽室、体育館、視聴覚室、グラウンド……。その後も桐花は学校中の様々な場所にユーフラテスを連れ回し、最後にある場所にたどり着いた。

「ずいぶんとたくさんの本がありますねー」

「どうよ? すごいでしょ? ここなら情報集め放題、調べ放題ってわけ!」

(別に桐山さんが得意気になることじゃない)

 感嘆の声を上げたユーフラテスに桐花は誇らしげに胸を張り、茨は心の中でツッコミを入れる。

 三人がやって来たのは図書室だった。確かにここなら調べ物をするにはうってつけの場所だ。尤も魔法や異世界に関する文献があるかどうかは甚だ疑問だが。

「しかしこれだけ数があると、目当ての情報を探し出すのも一苦労ですねー。一冊ずつ確認するにしても、相当な時間を費やしてしまうでしょうねー」

「うーん、確かにねぇ……。ばらちー、何かいいアイディアない?」

 突如として話を振られた茨は僅かに考えた後に答える。

「パソコンで蔵書検索するとか……」

「なるほどね! さっすがばらちー!」

 桐花は大袈裟に茨を褒めると、さっそく受付カウンターの横にあるパソコンに向かい文字を打ち込み始めた。

「えーっと、とりあえず『魔法』っと……」

 その後ろから諭すように茨が声をかける。

「いくら何でも魔法に関する本なんて置いてないと思うけど……」

「あったよ!」

「あったの!?」

「賢者の石、秘密の部屋、アズカバンの……」

「ハ〇ー・ポッターじゃねぇか!」

(ギロッ!)

 茨は図書室であるということを忘れて、思い切りツッコミを入れた。その結果、司書教諭に思い切り睨まれた。

「ちょっと、ばらちー! 声抑えて、声! めっちゃ睨まれてるよ!」

 突如として大声を上げた茨に桐花が慌てて注意する。そう茨はユーフラテスの度重なるボケによって、何かあるとツッコミを入れずにはいられないツッコミ中毒ジャンキーと化していた。それはもはや発作のようなもので、止めることなどできないのであった。

「あれ? そういえばユーちゃんは……?」

 ふと桐花は、ユーフラテスがいなくなっていることに気が付く。

「お二人ともー、手掛かりになりそうな本がありましたよー」

 するといつの間にか本を探していたらしいユーフラテスが本を片手に戻って来た。

「ほんと!? どれどれ?」

「これですよー、これー」

 そう言ってユーフラテスは一冊の本を差し出した。差し出された本の表紙に視線を落とすと、そこにはこう書かれていた。


『誰でもできる! 簡単マジック入門 ~これであなたも魔法使い!?~』


「いや、これ手品の本じゃねーか!!」

 茨は先程睨まれたにも関わらず、再び大声でツッコミを入れた。ツッコミ中毒ジャンキーの悲しいさがであった。

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