第11話 ユー(フラテス)は何しに学校へ?

★前回までのあらすじ

 秒で意気投合した桐花とユーフラテスは、今置かれている状況などまったくお構いなしに魔法・異世界トークに花を咲かせる。出会って4秒で仲良し。しかし良くも悪くも常識人である茨には、この状況を放置して無邪気にお喋りを楽しむ余裕などなかった。

 そこで茨はユーフラテスにこの場をどうにかするよう依頼する。さらに茨は出席簿に書かれた「欠」の文字を消せないかと尋ねた。出席簿を改ざんし、遅刻した証拠を引接しようと画策したのだ。

 茨のしたたかな一面を垣間見た桐花は大笑いした。青春の1ページ。それはまるでポ〇リスエットのCMのような青春のワンシーンだった。そしてユーフラテスは出席簿ごと消した。


~本編~

「出席簿ごと消してどーする!」

 穏やかな寝息に包まれた教室に茨のツッコミが響き渡る。

「ご要望通りに消してあげたのに一体、何が不満なんですかー?」

 茨の剣幕にユーフラテスは不服そうに口を尖らす。

「出席簿そのものを消してくれなんて誰も頼んどらんわっ!」

「まぁまぁばらちー、落ち着きなよ。魔法なんてめったに見られるもんじゃないんだよ? こんなすごいものが見れたことに感謝しないと」

 荒ぶる茨を桐花がなだめる。魔法という非現実を目の当たりにした桐花は、すっかりユーフラテスの肩を持ったようだった。この言葉に気を良くしたユーフラテスは懲りもせずに言う。

「仕方ありませんねー。ここは桐花さんに免じて、もう一度消してみせましょー」

「イェーイ! アンコール! アンコール!」

 ユーフラテスの言葉に桐花は手を叩いてはやし立てる。茨はそんな二人に冷ややかな視線を送り、溜め息を吐く。そしてつぶやく。

「いや、もう消えてるじゃん……」

 ユーフラテスは瞳を閉じて杖を掲げると、しばらく集中した後に杖を振る。しかし何かが起きた様子はない。そもそも茨が言った通り出席簿は既に物理的に消失しているのだから、消すも何もないはずだ。

 茨は不信感を込めた眼差しを向けて、ユーフラテスに尋ねる。

「……何も起きないみたいだけど?」

「要望に答えるために、あえて茨さんの意識には影響が及ばないように調整したんですよー」

「調整? 何を言って……」

「桐花さんの反応を見れば分かると思いますよー。さっそく確認してみましょー。桐花さん、桐花さん」

 そう言うとユーフラテスは傍らにいる桐花に呼びかけた。

「うん? なーに?」

「出席簿というものについてお伺いしたいのですがー」

「しゅっ……せき……ぼ……?」

 桐花はユーフラテスがした質問をたどたどしく繰り返す。だが、桐花の反応は明らかにおかしなものだった。まるでユーフラテスの言葉の意味を理解していないような感じだ。かといって冗談を言っているようでもない。

「あんた、まさか桐山さんの記憶を……!」

 問い詰めようとした茨にユーフラテスは首を振りながら答える。

「いえいえ、記憶ではなく概念を消したんですよー。これでこの世界から"出席簿"という存在が消えてなくなったわけですー」

 ユーフラテスの回答に茨は叫ぶ。

「概念ごと消してどーする!」


 その後、茨はユーフラテスに出席簿と概念を元に戻させ、眠っている全員を目覚めさせた。教師と生徒たちは眠りに落ちる前に見た茨のツッコミを覚えていたが、全て「夢」で押し通した。(ついでに朝からずっと教室にいたと言い張り、半ば強引に遅刻の事実をもみ消すことに成功した)

 皆が目を覚ました後もユーフラテスは帰ることなく、教室に居座り続けた。茨はまた何かをしでかすのではないかと気が気でなかったが、予想に反してユーフラテスは大人しく授業を受けていた。

「……で、何であんたは学校にいるわけ?」

 そう言いながら茨はユーフラテスをじろりと睨む。

 昼休み。茨と桐花、そしてユーフラテスの三人は中庭の目立たない場所に陣取ってランチタイムと洒落込んでいた。

 昼休みを告げるチャイムが鳴った直後、茨はユーフラテスが学校にやって来た目的を問いただすために彼女に声をかけた。だが、教室では嫌でも目立つ。異世界や魔法などという珍奇な話を聞かれでもしたら、また面倒なことになるかもしれない。そこで茨は場所を変えてユーフラテスに話を聞くことにしたのだった。

「"戻る方法"を探しに来たんですよー」

「戻る方法?」

 面白がってついてきた桐花がユーフラテスの言葉を繰り返す。

「私が転移魔法の失敗でこの世界にやって来たという話はもうご存じですよねー?」

 桐花は頷き、ユーフラテスは続ける。

「こちらの世界での技術や生活は大変興味深くて結構なのですが、やはり元いた世界に戻るのが筋ではないかと思いましてー。それで色々と手掛かりを模索してはいるのですが、情報は見つからず……」

「そりゃまぁ……魔法の手掛かりなんていくら探したって見つからないよねぇ」

 桐花の言葉にユーフラテスは頷く。

「えぇ、そうなんですよー。このまま一人で調べていても有益な情報は見つからない。そう考えた私は書物ではなく、生きた情報を集めることにしたんです。人が集まるところには情報が集まりますからねー。この学校という場所は情報収集にはうってつけというわけなんですよー」

「いくら学校に来たって魔法に関する手掛かりなんて見つからないでしょ……」

 冷ややかに言う茨をユーフラテスは真っ直ぐに見据える。

「そうでしょうかー? やってみなければ分からないと思いますがー」

「いやいや……だって魔法でしょ? そもそもこの世界に存在しないものをいくら調べたって見つかるわけないでしょうに」

「いえ、そうとばかりは言えませんよー。魔法というのはあくまで自然現象を人為的に引き起こす方法の総称でして、この世界にも存在はしているんですよー。現に私がこの世界でも問題なく魔法を使えているのがその証拠ですー。それに私からすれば、この世界の技術は魔法と遜色ないものだと感じますよー」

「あっ! それって『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』ってやつ?」

 ユーフラテスの話に桐花が割り込む。

「えぇ、まぁそんなところでしょうかー」

「つまり……元の世界に戻る手掛かりを集めるために学校に来たってわけ?」

 茨の質問にユーフラテスは頷く。

「そういうことになりますねー」

「じゃあ、授業を受けて何か分かった?」

「とても興味深いものでしたねー。この世界の歴史や知識を学ぶ上でとても参考になると思います。まぁ、魔法の参考には一切なりませんでしたがー」

「ならなかったんかい!」

「あたしは眠くてしょうがなかったなー」

「桐山さんには聞いとらんわ! そして授業は真面目に聞け!」

「おー、ナイスツッコミ! ってかさ、それはそれとしてそろそろお昼にしない? もうあたしお腹ペコペコでさー」

 そう言うと桐花は弁当箱の入った包みを解き始めた。そして弁当を食べながら尋ねる。

「そーいや、その制服はどーしたの?」

「これですかー? 茨さんの部屋にあったのをお借りしたんですよー。ここに入るにはこの服が必要だったようなのでー」

「……あんた、何なの? 家に上がり込んできた次は無断で学校にまでやって来て……挙句に私の制服を勝手に持ち出して……! いい加減にしてよ!」

 悪びれる様子もなく言うユーフラテスに対し、茨はヒステリックに叫ぶ。彼女は腹を立てていた。自由気ままで身勝手なユーフラテスの行動に。

「ちょ、ちょっとばらちー……!」

 突然声を張り上げた茨を、慌てたように桐花が止める。

「多めに見てあげよーよ。まだこっちに来て日が浅いから、こっちの世界のことよく分かってないんだよ、きっと。ほ、ほら! ユーちゃんだって反省してるみたいだし……」

「すみません、茨さん……茨さんがそんなに怒っているとは思いませんでした……」

 桐花が必死にフォローをする背後でユーフラテスは珍しく、しおらしい顔で謝罪をした。少し言い過ぎただろうか? 茨の良心がチクリと痛んだ。

「ま、まぁ悪いと思ってるなら別にいいけど。本当に反省してるんでしょうね?」

 茨の質問にユーフラテスはおずおずと答える。

「はい、反省しました……。今後は怒られないように茨さんの意識を弄ってから行動するようにします……」

「反省するとこ、そこじゃねーだろ!!」

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