第10話 隠滅

★前回までのあらすじ

 記憶を消す魔法の危険性に気付いた茨は、信じてもらえないことを承知で桐花に全てを打ち明けた。だが、予想に反して桐花はあっさりと茨の話を受け入れる。さらにユーフラテスに強く関心を抱いた桐花は、学校を辞めるのを止めた。ユーフラテスの存在が一人の少女の人生を変えたのだ。

 こうして茨と桐花は同じ悩みと秘密を抱えるシークレットフレンズ(出典:ひみつのアイプリ)になったのだった。ちなみに作者の推しキャラは真実夜チィなのだった。しかしこの作品とひみつのアイプリには、何の共通点も関連性もないのだった。単なる作者の趣味なのだった。


~本編~

「ねぇねぇ、異世界ってどんなところ? どうやってこの世界に来たの?」

「それはですねー……」

 すっかり意気投合した桐花とユーフラテスは和気藹々と話し始めた。その様子に茨は安堵したように溜め息を吐く。桐花が何の抵抗もなく自分の話を受け入れたことは、茨にとって思いがけない僥倖だった。まさか魔法や異世界などという荒唐無稽な話が、こんなにあっさりと受け入れられるとは思わなかったからだ。もしかすると彼女きりかは、かなり度量の広い人物なのかもしれない。

「……で、気付いたらこちらの世界にいたというわけでしてー」

「あっはっは!」

 桐花はユーフラテスの話に馬鹿笑いをしている。茨は話に花を咲かせる二人を尻目に教室を見渡した。茨、桐花、ユーフラテスの三人を除いた全員は未だに深い眠りについている。(或いは意識を失っている?)

 よくもまぁこんな状況で呑気に笑っていられるものだと、茨は呆れ半分で感心した。

(度量が広いというより、何も考えてないだけかも……)

 とにかく今はこの場をどうにかしなければならない。茨は桐花に対する評価を僅かに下方修正しつつ、ユーフラテスに声をかける。

「それよりもさぁ……この状況をどうにかしないとヤバいんじゃないの? 皆はいつになったら目を覚ますわけ? さっき完全に記憶を抹消するとか言ってたけど……あんたがったお爺さんみたいに、自分の名前すら分からなくなってるとか言わないでしょうね」

「それなら大丈夫ですよー。この方たちはただ眠っているだけですから、しばらくすれば目を覚ますはずですよー」

「それならいいけど……ちなみにしばらくってどれくらい?」

「そうですねー、数十分後か数時間後か……はたまた数年後か……」

「誤差でけーな! っていうか数年後!? 数年も眠り続けんの!? それはそれで大ごとになるよ! どこがしばらくだ!」

「敵を無力化するのに、短時間で目を覚ましては意味がないですからねー」

「だとしても凶悪過ぎる! 敵って何!? 異世界ってそんな物騒なの!?」

「まぁ、色々あるんですよー。うーん……でも確かにこのままではよくありませんねー」

 ユーフラテスはつぶやくと杖を掲げて目を閉じた。それを見た桐花は肘をつついて茨に尋ねる。

「ねぇねぇ、何やってんの? あれ……」

「魔法を使おうとしてる……んだと思う」

「えっ、魔法!? マジで!? 見れるの!? 見たい見たい!」

 桐花が興奮した様子で叫んだその刹那、ユーフラテスは掲げていた杖を振るった。だが、生徒たちは目を覚ます様子はなく、未だに机に突っ伏して眠りつづけている。茨は尋ねる。

「何も起きないじゃない。魔法で皆を目覚めさせたんじゃないの? まさか……失敗したとか?」

「いえいえー、成功ですよー。あれを見てくださいー」

 そう言うとユーフラテスは真っ直ぐに教壇の方を指差した。茨と桐花の二人が指し示された方角に目を向けると、突っ伏して眠っている教師の体の上に一枚の布がかけられていた。

「布……? 何? タオル……?」

「タオルケットじゃない?」

 茨の言葉を桐花が訂正する。

「なんでそんなものを……」

「茨さんがどうにかした方がいいとおっしゃっていたのでー。これで寝冷えしませんねー」

「誰が寝冷えの対策をしろっつったよ」

「大丈夫ですよー。すぐに残りの皆さんの分も用意しますからー」

「そういうことじゃない! 桐山さんも何か言ってやってよ!」

「暑くなってきたし、寝冷えの心配はしなくてもいいんじゃない?」

「そういうことでもねーわ!」

 ユーフラテスに加えて桐花もボケに回ったが、茨は間髪を容れずにツッコミを入れた。彼女のツッコミ力は着実にレベルアップしていたのだった。

「さて、冗談もこれぐらいにして皆さんを起こしましょうかー」

「冗談だったんかい!」

「そんなことできるの?」

「もちろん、できますともー。眠った人間を起こすなんて造作もないことですよー」

 ユーフラテスと桐花は茨のツッコミを無視して話を続けた。

「でも記憶がどうとか言ってたけど……その辺は大丈夫なの?」

「この方たちはただ眠らせただけですからねー。記憶を弄ったわけではないので、無理やり起こしても脳や記憶に支障はありませんよー」

「そういうことはもっと早く言えよ!」

「早くですかー? でも私、早く喋るのは苦手でしてー……」

「そう言う意味じゃねー!」

 ツッコミを無視された茨はここぞとばかりに再びツッコミを入れた。まるで自らの存在をアピールするかのように。

「まっ、とにかくさ! 起こせるんなら起こしてもらおうよ。それで全部解決でしょ?」

 桐花がまぁまぁと間を取り持つようにそう提案する。それもそうだと茨はしぶしぶ引き下がり、ユーフラテスに後を委ねる。そこで茨はあることを思い付いた。

「ちょっと待った! その前に……」

 茨はそう言ってユーフラテスを制止すると、教壇の上に置かれている出席簿を手に取った。

「出席簿? そんなの持ち出してどーすんの?」

 不思議に思った桐花が茨に行動の意味を尋ねる。茨は答える。

「今日はちょっと遅刻しちゃったから、この隙にちょっとと思って」

(……変えておく?)

 桐花が頭に「?」を浮かべる中、茨は出席簿を開いて自分の名前を確認した。「神崎茨」と書かれた右側の枠の中には、「欠」という一文字が書き込まれている。

「ねぇ、ここの文字なんだけど綺麗に消せる?」

 開いた出席簿を見せながら、茨はユーフラテスに問う。

「消せばいいんですかー? それならお安い御用ですよー」

「もしかして、改ざんする……ってコト!?」

 予想だにしなかった茨の行動に桐花は驚きの声を上げる。

「ついでに桐山さんの分も書き直しておこうか?」

「く……くく……あーっはっはっは!」

 事もなげに言う茨に桐花は思わず大笑いした。生真面目な優等生だとばかり思っていたが、なかなかどうして性格をしている。それがどうにもおかしくてたまらなかった。

「き、桐山さん……?」

「ばらちー、いいねー! ますます仲良くなれそうな気がしてきたよー」

「はぁ……? どうも……」

 笑いながら返す桐花に、茨はよく分からないまま曖昧に返事をした。

「それでは消しますよー」

 そんな二人をよそに、ユーフラテスは杖を掲げてそして振るった。するとどうだろう。茨が手にしてい出席簿が、跡形もなく消失した。

「はい、消えましたー☆」

「すごーい! ほんとに消えたよー!」

 ユーフラテスは得意気に笑い、魔法を目の当たりにした桐花は興奮した様子ではしゃぐ。そんな中、茨は叫ぶ。

「出席簿ごと消してどーする!!」

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