第9話 二人の秘密
★前回までのあらすじ
遅刻をした茨を待ち受けていたのは、何食わぬ顔で教室に紛れ込んでいたユーフラテスだった。
茨は舌鋒鋭く切り込むが、ユーフラテスは悪びれた様子もなく意に介さない。おまけにいるはずのない部外者に対し、何故か誰も疑問を抱かない。それもそのはず、彼らはすでにユーフラテスの魔法によって意識を弄られていた。
そんな中、遅刻のおかげで難を逃れた桐花にユーフラテスの魔の手が伸びる。この場を収めるために桐花の記憶を消すと言うのだ。
初めてできた友達にそんな所業を許すのか?
思い悩んだ末に茨は、ユーフラテスの凶行を止めるのだった。一方作者は、早くもネタ切れに見舞われたのだった。ギャグを書くのは難しいという現実を改めて思い知るのだった。
~本編~
「……ちょっと待った!」
茨は大声でユーフラテスを制止した。その声にユーフラテスは顔を上げ、能天気な声で尋ねる。
「なんですかー?」
「記憶を消すって……大丈夫なの?」
「大丈夫ですよー。私の手にかかれば、今あったことは全て綺麗さっぱり消えてしまいますからー。今後もう二度とこの方が茨さんの痴態を思い出すことはありませんよー」
「完全に抹消されんの!? だからそれが怖いんだよ! もう二度と思い出さないって、重要な記憶まで消したらどうすんだッ!」
「その点も問題ありませんよー。過去に幾度となく成功していますからー。この手の魔法は私の得意分野なんですよー?」
「……じゃあ聞くけど、仮に失敗したらどうなるわけ?」
「そうですねー、以前あるお爺さんの記憶を消した時は誤って色々と消しすぎてしまって、最終的には自分の名前も分からなくなってしまいましたねー」
「お爺さん可哀想すぎる!」
「でも、おかげで安らかな最期でしたよー」
「
「いえ、その方は病で臥せっていて死の間際でしてー。そこで私は恐怖を取り除くために記憶を消すことにしたんですよー。まぁ、初めてだったので色々と消しすぎてしまったのは事実ですがー」
「いや、だとしても……!」
「あのー……」
丁々発止のやり取りをする茨とユーフラテスに声をかける一人の少女。その正体は、未だに事態が呑み込めずに困惑しきりの桐花だった。
「魔法使いィ?」
桐花は間の抜けた素っ頓狂な声を上げた。全てを話すことにした茨は、桐花に事情を打ち明けた。
ユーフラテスのこと。異世界のこと。そして魔法のこと。
話を聞いた桐花は訝しむような目で茨とユーフラテスを交互に見ていたが、やがて神妙な顔をして黙り込んだ。
「……」
暫しの沈黙の後、意を決したように桐花が口を開く。
「……魔法使いとか本気で言ってんの?」
「……」
桐花の質問に今度は茨が黙り込む。本音を言えば「魔法などあるわけない」と思い切り否定したかった。大真面目な顔でそんなことを口走れば、おかしな奴と思われるのは火を見るよりも明らかだったからだ。だが、ユーフラテスが魔法使いであるというのは紛れもない事実なのだ。茨がユーフラテスと出会ってまだ一日しか経っていないが、それでも十分すぎる程に魔法というものを味わった。今さら嘘などつけるわけがない。何よりも初めてできた友人に嘘はつきたくなかった。
「……本気だよ。残念ながら」
「何それ、ヤバっ! それって……」
桐花の言葉に茨は思わず目を閉じて歯を食いしばり、そして次に続く言葉を予測した。
(バカみたい)
(あり得ない)
(頭、大丈夫?)
茨の頭に浮かんできた桐花の言葉は、いずれも冷たいものだった。当然だ。それを高校生にもなって魔法や異世界などという絵空事を本気で信じているなんて言えば、おかしいと思われるに決まっている。その手の空想は小学生かそこらで卒業するものなのだから。だが、桐花の反応は茨の予想とは全く異なる者だった。
「最高じゃん!」
「……はぁ?」
思いもよらない桐花の言葉に、茨は思わず間の抜けた声を出した。戸惑う茨をよそに桐花は目をキラキラさせて尋ねる。
「じゃあ、この教室中のみんなが急に意識を失ったのも魔法のせいってこと? この帽子の子に誰も何も言わないのも?」
「帽子の子ではなく、ユーフラテスですー」
桐花の言葉にユーフラテスが自己紹介をする。
「ユーフラテス? それ本名?」
「もちろん、本名ですよー」
「なにそれ、ウケるー! どこの国の名前なの? あっ、国じゃなくて異世界だっけ? ちなみに苗字は何て言うの?」
「ありませんねー」
「苗字ないの!? 異世界ってそうなんだー! あっ、異世界から来たってことはやっぱり『ステータスオープン!』とかやったりするの?」
「お望みならば、お見せしましょうかー?」
「えー! 見たい見たい!」
「いや、それやっても成績が公表されるだけ……」
あっさりと話を受け入れられたことに戸惑いつつ、茨は桐花に助言する。しかし茨が言い終わらない内にユーフラテスは例の魔法を唱えた。
「ステータスオープン!」
ユーフラテスがそう口にすると、目の前に空間に文字が浮かび上がった。さっき(およそ6時間前)見たのと全く同じ光景だ。仕方なしに茨は目の前の文字に目を通していく。
数学Ⅱ/92
数学B/95
現代文 /94
古文/90
日本史/89
世界史/91
化学/94
生物/91
英語コミュニケーションⅡ/87
論理・表現Ⅱ/90
「また私の成績じゃねーか!! 何でまた私なんだよ!? せめてこの場合は桐山さんの
「へー、神崎さんって頭いいんだー」
「いや、呑気だなあんたも!」
茨は大声でツッコミを入れた。ユーフラテスの奇行によってすっかりツッコミ体質となった茨は、もう誰にも止められない。たとえ初めてできた友達だろうと容赦はしないのだった。
「それで……何であんたが学校にいるわけ?」
茨は険しい顔をしてユーフラテスに詰問する。
「来ちゃった♡」
「『来ちゃった♡』……じゃねーよ! お前は彼女か!?」
「息ピッタリだねー。神崎さんとユーフラテスさんって仲いいんだね」
「えぇ、マブダチですからー」
桐花の言葉にユーフラテスは飄々と答える。否定するのも馬鹿馬鹿しくなった茨は溜め息を吐くと、ユーフラテスとの対話を諦め、桐花に向き直った。
「それにしても……よくこんな話信じたね。言い出した私が言うのもなんだけど……」
茨は安堵と呆れが入り混じった声で言う。冷たくあしらわれるとばかり思っていただけに、桐花があっさりと自分の話を信じたことに彼女は驚きを隠せずにいた。
「まぁ、この最初にこの状況を見せられちゃあねぇ。クラス全員が一斉に意識を失うなんて、魔法でもないと考えられなくない? それにあたし、ケッコー好きなんだよね。魔法とか異世界とかその手の話!」
桐花は楽しそうにアハハと笑うと、決心した顔で言う。
「決めた! あたし辞めるの止める! 身近にこんな面白そうなことがあるって分かったのに、辞めるなんてもったいないじゃん!」
そう言うと桐花はユーフラテスに向かって右手を差し出した。
「というわけで、よろしくね!ユーフラテスさん! 長いからユーちゃんでいい?」
「どうぞご自由にー。こちらこそよろしくお願いしますー」
ユーフラテスはそう返すと桐花の手を握り返した。
「ばらちーもよろしくね!」
ユーフラテスと握手を交わした桐花は、次に茨に向かって右手を差し出した。
(ば、ばらちー……)
桐花が提案した独特なニックネームに戸惑いながらも、茨は桐花の右手を握った。こうして二人はユーフラテスを介して同じ秘密を共有する仲間となったのだった。
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