第3話 魔法少女がやって来た!(家に)
★前回までのあらすじ
自らを魔法使いと言い張るユーフラテスを「やべー奴」と判断した茨は、これ以上関わり合いになるまいとその場を立ち去ろうとする。しかしその矢先に現れた二名の警官によって職務質問が始まり、交番への任意同行を求められてしまう。
ユーフラテスの魔法によってどうにかその場を切り抜けた茨だったが、そもそもユーフラテスがいなければこんな事態にはならなかったという事実に気が付き、あらん限りの声で魂のツッコミを入れるのだった。
~本編~
茨は家路を急いでいた。夕焼けは夕闇へと姿を変え、辺りはすっかり暗くなっていた。
警官が去った後も魔法使いを名乗る少女に色々と聞いてみたものの、どれもこれも聞くに堪えない話ばかりだった。何でも魔法の実験中に事故が起こり、元いた世界からこちらの世界に飛ばされて来たのだとか。
正直言ってその時点でかなり胡散臭かった。そこで茨は真偽を確かめるためにいくつか質問してみたのだが、その回答がまたどうにも疑わしいものだった。
「魔法に異世界って……本気で言ってんの?」
「異なる世界については私も半信半疑だったのですが、図らずも今回の事故のおかげで証明されたわけですねー。さらには別次元への物質の転送が成功を収めたわけですから、まさに禍転じて福と為す、失敗は成功の基とは言ったものですねー」
「……なんで異世界から来たのに日本語が分かるわけ? やけに
「魔法で言語を翻訳しているからですよー」
「さっき警官を追い払ったのも……」
「それも魔法ですー」
「……」
茨はそこで質問を止め、ユーフラテスとの会話を打ち切った。彼女はユーフラテスを「不審者」と判断し、これ以上の接触は不要と結論付けたのだ。
「そうなんだ。それじゃあ暗くなってきたし、私そろそろ帰るね」
茨はユーフラテスに適当に別れを告げ、逃げるようにその場を後にしたのだった。
「はぁ……」
いつもの帰り道を歩きながら、茨は深い溜め息を吐いた。通学用のスクールバッグの中からスマホを取り出して画面に目を遣ると、時刻は午後7時を回っていた。下校を始めてから2時間近く経過している。少し時間を潰すつもりが、大幅に時間を空費してしまった。
瀕死の状態から回復した犬、突如現れたと思ったら何もせずに去って行った警官、魔法使いを名乗る不審な少女……
奇妙な出来事の連続に茨はひどく疲れていた。一体、あれは何だったのか? あの少女は本当に異世界からやって来た魔法使いなのか? 異世界や魔法なんてものが実在するとは思えない。しかしさっきの出来事は理屈では説明がつかない。まさか本当に……
「……さっきのことは忘れよう」
茨はぽつりとつぶやくと、考えるのを止めた。いくら考えても分かるわけがない。それに自分には関わりのないことだ。もうあの少女に会うこともないだろう。
自宅の玄関には明かりが灯っていた。既にもう誰かが帰ってきているようだ。いつもなら自分が一番先に帰宅するのだが、今日は思わぬ道草を食ってしまった。
「ただいま」
「あっ、お
「おかえり。珍しいな、今日は茨が最後か」
「すぐご飯だから着替えてきなさい」
「今日はカレーだそうですよー」
靴を脱いでリビングに入ると、既に家族は全員帰宅していた。母の言葉を受け、茨は二階の自室に上がる。制服を脱いで部屋着へと着替えを済ませると、再びリビングへと戻った。
「さっ、茨も帰ってきたことだし、夕飯にしましょう。
「はーい」
「私も何かお手伝いしましょうかー?」
「ユーちゃんは座ってて! お客様なんだから」
「今日は随分と遅かったな。どこか寄り道でもしてたのか?」
「お父さん、ちょいビール避けて。はい、これお姉の分。で、こっちはユーちゃんの分」
父の
「はい、これサラダね。ユーフラテスさんはそこに座って。茨の隣ね」
「ありがとうございますー」
茨は食卓の席に座ると、隣にいるユーフラテスに声をかけた。
「そこのドレッシング取ってくれない?」
「ドレッシングー? これですかー?」
「うん、それ。ありがと」
茨はユーフラテスからドレッシングを受け取ると、礼を言った。
「……ていうか、なんでお前がここにいるんだよっ!!!!」
そしてすぐさまツッコミを入れた。渾身のノリツッコミだ。それは生まれて初めて繰り出したとは思えぬ程に、堂々たるノリツッコミだった。
「……で、なんであんたが私の家にいるわけ?」
茨は不信感を目一杯込めた目付きで、ユーフラテスをジロリと睨んだ。
「いやー、まさかこうしてまたお会いできるなんて、何だか運命的ですねー」
「だから! なんでここにいるのか理由を言えっての! 私をつけてきたわけ!?」
「そんなまさかー。偶然ですよー」
「私が連れてきたんだよ」
ユーフラテスの代わりに質問に答えたのは、妹の葉だった。葉は続ける。
「帰る途中で道端に倒れててさー。びっくりして声をかけたら『お腹が空いて力が出ない』って言うから。とりあえず家まで連れて来たってわけ」
「そんな怪しい人間を家に上げるんじゃない!」
「怪しくないですよー?」
「怪しいから職質受けたんだろうが! っていうか、なんでまた倒れてんのよ! さっきサンドイッチ奢ってやっただろ!」
「魔法を使うとお腹が減るんですよー」
「もしかして……お姉とユーちゃんって知り合いなの?」
葉の質問にユーフラテスが飄々と答える。
「えぇ、マブダチですよー」
「……あんたはちょっと黙っててくれる?」
茨は苛立ちながらユーフラテスに釘を刺す。そんな中、両親は意外な反応を見せた。
「そうか! 茨の友達か!」
「ちょっと不愛想だけど根はいい子だから、仲良くしてあげてね?」
「えぇ、もちろんですよー」
両親の反応を見た茨はある違和感を抱いた。どこからどう見ても怪しいユーフラテスを何の警戒心もなく受け入れている。
妹にしてもそうだ。いくら道端で倒れていたからといって、家まで連れて来るか、普通? 誰一人としてユーフラテスを怪しいと思っていないところが、逆に怪しい。
そう考えた茨は、ふとユーフラテスが公園で発した言葉を思い出した。
「……お前、やったな?」
茨は家族に聞かれないように、小声でユーフラテスに詰め寄る。
「やった? 何のことでしょー?」
「……変えたんでしょ? 意識と記憶を」
茨はユーフラテスが家族に対して魔法を使ったのだと考えた。あの二名の警官と同じ様に。
「えぇ、実は少しだけー」
ユーフラテスは悪びれた様子もなく答える。
「……やっぱりか。戻せ! 今すぐ!」
「でも今の状態を無理に戻すと意識障害や記憶の混濁、下手をすれば脳の機能が一部失われるかも……」
「激ヤバじゃねーか! そんな魔法を人様に使ったの!?」
「大丈夫ですよー。時間が経てばきちんと定着しますからー」
「そっか、それなら安心だ。……って、んなわけあるかー!」
『ピンポーン』
二人が小声で小競り合いをしていると、玄関のチャイムが鳴った。
「こんな時間に誰かしら? はーい、今行きまーす……あら! どうしたの? こんな時間に」
応対へと向かった母の花が訪問者と話す声が聞こえる。どうやら知り合いのようだ。
「ユーフラテスさんに茨ー、ちょっと来てー」
花に呼ばれた茨は小競り合いを中断し、渋々ながら玄関へと顔を出した。その後ろにはユーフラテスが続く。
「やっぱり! あの時のお姉ちゃんたち!」
「ワンワン!」
そこにいたのは、先程公園で出会ったラブラドールレトリバーとその飼い主の少年。そして少年の母親と思しき女性だった。
「なんだなんだ?」
「あっ、ワンちゃん!」
茨の後ろにはいつの間にか父の実と妹の葉が立っていた。少年の母親が口を開く。
「実はこの子が泣きながら帰って来て、話を聞いたら『死にそうだったアーノルドを知らないお姉ちゃんたちに助けてもらった』って言うもんですから……。それで詳しく聞いたら、一人はお宅の茨ちゃんじゃないかと思って訪ねてみたんです」
「まぁ! 茨がそんなことを?」
「すごいじゃないか! それで遅くなったのか?」
「やるじゃん、お姉!」
家族は口々に茨を褒めるが、自分は何もしていない。たまたまその場に居合わせただけだ。そんな茨にユーフラテスが話しかける。
「いやー、よかったですねー」
「でも、私は何も……」
「あの時、あなたが私を助けてくれたおかげですよー。情けは人の為ならずですねー」
(……悪い奴ではないのかも)
そう言ってニコニコと笑うユーフラテスに少しだけ警戒心を緩めた茨は、ばつが悪そうに自己紹介をした。
「……私は神崎茨。まぁ……よろしく」
「こちらこそー。しばらくの間、よろしくお願いしますー」
「しばらくの間……?」
「帰る方法が見つかるまで、この家に泊めてもらおうと思いまして―。家族の皆さんの意識は弄ってありますから、その点は大丈夫ですよー」
「そっか、それなら安心だ。……って、んなわけあるかー! 勝手に家族の意識弄んなっ!」
茨、この日三度目のノリツッコミだった。
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