第40話 竜、人間と狼を見守る

「中々いい薬草が手に入りました。ありがとうございますディランさん」

「散歩がてら行くだけじゃから問題ないわい」

「ダイアンのせいで時間とられたけど、早めに終わって良かったぜ」

「ま、ひとまず解決したならよかろう。ご飯を食べていくじゃろ?」


 ダイアンの一件が終わり、ヒューシのやりたかった採集に出た一行は特になにも問題なく帰って来た。

 ディランが笑いながらガルフ達へ食事をしていくか尋ねるとユリが手を上げて答える。

 

「そうですね! あ、でもディランさん、あの狼たちに構ってもいい?」

「あやつら次第じゃが、どうかのう」


 そのまま自宅まで戻ると、相変わらず少し離れたところで狼たちが寝そべっていた。そんな狼たちにディランが声をかけた。


「お主ら。嬢ちゃんが撫でさせてくれと言っておるぞ」

「わふ?」

「わほぉん♪」

「わん

「……!」

「わ、速い」


 あくびをする狼たちに手を叩いて呼ぶと、即座に三頭がディランの足元に来てお座りをした。


「よくみると毛の模様がそっくりね」

「いつも一緒だから兄弟かもしれないって話していたの」

「あーう♪」

「でも、まだ汚れているからリヒトには触らせてあげられないのよ」

「さっき見た時にそう思ったんですよ。あ、私はこの子が好きかも」

「わほぉん?」

「よーしよしよし」

「わほぉおん♪」


 ユリが手を近づけると大人しく頭を差し出した。眠たげな目をして耳がてろんと少し垂れ下がっているため、愛敬がある。

 

「なんか強さの欠片も感じない呑気な顔だけど……こっちの子の方がカッコよくない?」

「わん!」


 レイカがしゃがんで視線を合わせた狼はしゃきっと背中が伸びていて耳もピンとしている。


「そやつはメスじゃな」

「え!? こっちの二頭は?」

「オスじゃぞ」

「お前は割と普通な感じだな……」

「うぉふ!?」


 ガルフがポンと頭に手を置いた最後の一頭は、良くも悪くも普通の狼で尻尾が他の二頭より太くてふさふさしているのが特徴だった。

 そんな三頭を撫でまわしているが、やはり汚いらしくユリの手は真っ黒になっていた。


「あははは、やっぱり野生の狼だもんねー。ディランさん、どこか洗い場が無いかな?」

「川は近くにあるが……お湯の方がいいかもしれんな。風呂はリヒトが入るから貸せんが、畑の横に洗い場を作ってやろう」

「え!? 今からか!?」

「ふふ、夫はそういうのが得意なんですよ」

「あー♪」


 ディランが肩を回しながら歩き出していくのをガルフが驚く。しかし、トワイトは問題ないと笑っていた。

 

 そして――


「できたぞい」

「はやっ!? え、本当に……? 本当だ……」


 ――約三十分ほどで川の傍に小屋が建っていた。中にはそれなりに大きいが深さは無い湯船と、桶が置かれていた。


「すげえ……! よし、そんじゃ俺が洗ってやるよ! ……って名前ないんだっけ」

「確かに不便かもしれんのう。ひよこ達にもあるくらいだし。お前達、名があってもいいか?」

「「「わぉーん」」」


 ディランが尋ねると、三頭は嬉しそうに遠吠えをした。そこでガルフ達に顔を向けて尋ねた。


「お主達がつけるか?」

「ううん、ここで暮らしているしディランさんとトワイトさんがいいと思う」

「ふむ」

「レイカちゃんの言う通りかもしれないわね。それじゃ女の子は私がつけてあげようかしら」

「わん!」

「なら、二頭はワシか」

「わほぉん」

「うぉふ!」


 そうしてトワイトはメスの狼はとても主張が強く、他の二頭に比べて目立つためルミナスと名付けた。


「ディランさん、まだなのかなあ」

「まあ、待っておこう」


 そしてディランの方はというと、小屋を作る時間よりも長く考え、唸っていた。

 狼を抱き上げて視線を合わせたりしている。


「うむ、決めた。この眠そうな顔の狼はダル。尻尾の大きいヤツはヤクトだ」

「いいですね! ルミナス、ダル、ヤクトよろしくね♪」


 ユリがわしゃわしゃと三頭の頭を撫でる。嬉しそうに喉を鳴らしていると、ひよこたちがその頭に乗っていた。


「ぴよー」

「あはは、あなた達も撫でろって? 仕方ないなあ♪」

「わほぉん……」


 ダルが撫でを阻止されて情けない声を上げていた。

それでも特にひよこたちに何かするでもない。もちろんディランは怖いが、それ以前にもう仲間と認識しているようである。


「ダルよりひよこ達の方がしっかりしているわね。それじゃ、ご飯の前に一気に洗っちゃおうか!」

「おう!」

「それじゃ、私はご飯の用意をするわね。おかずは卵焼きと焼き魚でいいかしら」

「あー」

「「「ぴよ」」」

「こけ」


 そうして名前が決まった後、トワイトはジェニファーやひよこ達と家の中へ戻り、ガルフ達は三頭を洗うため腕まくり、足まくりをして風呂小屋へと入っていった。


「結構いい小屋……」


 中は案外広く、ヒューシ以外の三人と、狼三頭が入ってもちょうどいいくらいであった。浅い湯船とは別に、川から汲んで来た水をお湯にするための風呂釜があった。

 ディランは外から火をつけると、やがて中で大騒ぎが始まった。


「わん♪」

「ルミナスは大人しいわね。わっ!? ヤクト、暴れないの!」

「うぉふ!?」

「濡れるのが嫌みたいだなあ。まあ、すぐ終わるから少し我慢してくれ」


 レイカがルミナスを洗い、ガルフはヤクトを担当していた。そしてダルは気にいったと口にしていたユリが洗う。


「ふんふふ~ん♪」

「おいおい、敷物みたいになっているけど大丈夫かダル?」

「……わふぉん」


 べたっと寝そべって洗われているダルを見てガルフが呆れていた。ダルは気にした様子もなく、お湯で洗われていることが心地よいようで目を細めていた。


「ユリは狼が好きなのか?」


 その声を聞きながら、狼が悪さをした時に動けるように小屋の外に立っていたディランがヒューシに問いかけた。

 

「え? ああ、あいつは動物ならだいたい好きですよ。でも、狼は思い入れがあるから構うのかもしれません」

「ふむ」

「昔、僕達が小さいころ森で子犬を拾ったんです。ユリはとても可愛がっていましてね。だけど大きくなるにつれてそれが魔物だと分かり、森に返されたんですよ。しばらくぎゃん泣きしていたくらいです」

「なるほどのう。その魔物はどうなったのじゃ?」

「それ以降はぱったりと姿を見せなくなったので分からないですね」


 ニワトリや牛などを飼っていた家も近くにあったのでそういうのも好きだったと、兄であるヒューシが口にしていた。


「なら、連れて帰るか?」

「アッシュウルフは個体でC、集団でBランクより上の魔物ですから流石に無理ですよ。テイマー資格でもあればいいんですけど」

「そういうのがあるのか。まあ、魔物を連れて歩くのは難しいか」

「ここに来れば会えると分かっていますから、またお邪魔させてもらいます」

「いつでもええぞ」


 ヒューシが口角を上げて微笑みながらそう言うと、ディランも彼に視線を向けて微笑んでいた。


「うぉほぉん!?」

「あ、悪い尻尾踏んだ!」

「はーい、肉球も洗いましょうねー」

「わんっ!」

「ダルー、お腹洗うよ」

「わぉほん……」


 そんな調子で狼達は洗われた。三人は笑顔で疲れたといいつつ満足気だった。

 洗ったガルフ達も汚れてしまったのでディランは彼等にも風呂を勧めることに。


「風呂を沸かしておいた。入るといい。その後、飯にしよう」

「わー、ディランさんありがとうございます! でもその前にこの子達をリヒト君にお披露目で!」

「ほう」


 ユリがリビングへ三頭を連れて入ると、ちょうどトワイトがお茶を運んでいるところだった。


「あら、終わったの? まあ、キレイになったわね♪」

「あー♪」

「「「わふーん」」」


 三頭はご機嫌な調子で鼻を鳴らし、ユリの合図でその場でお座りをしていた。かなりぼさぼさしていた毛がふわっとして高級感のある姿に変わっていた。

 毛皮にするといいとディランが言っていたのはこういうところだったのだ。


「さらに……じゃーん!」

「あーう?」


 ユリは腰のカバンから色の付いた布を取り出して掲げた。リヒトが首を傾げていると、彼女はサッと狼たちの首に一枚ずつ巻いていく。


「あら、バンダナ?」

「うん! 安売りで買ったけど使わなかったやつ、折角だしつけてあげようかなって」

「なら――」


 レイカも混ざり、一緒にバンダナを巻いていく。

 ルミナスには赤、ダルには黄色、ヤクトには青のバンダナを首に巻いて立ち上がる。


「似合う似合う♪」

「わほぉん♪」

「ぴよー♪」

「あーい♪」


 トワイトが手を叩いて喜び、リヒトが真似をする。その場でくるりと回る狼達にひよこ達が混ざった。


「それじゃお風呂をいただきますね! いこうレイカ!」

「少し待ってて、ガルフ」

「おう! いやあ、キレイになって良かったなあ」

「うぉふ!」

「これならリヒトが触っても大丈夫ね」


 リビングではそんな会話があり、夜が更けていく。ガルフ達はそのまま泊って帰ることにし、夜中まで騒いでいた。


◆ ◇ ◆


「ふう、久しぶりのお家ね。絶対元気だと思うけど、パパとママ元気かなあ」


 ドラゴンの里に一頭の桜色をしたドラゴンが降り立ち、人間の姿になっていく。

 薄いピンクのロング髪を振り、笑顔で歩く。すでに里を出ているドラゴンで、とある家に足を運んでいた。


「ただいまー! パパ、ママ、トーニャよ!」


 そう言いながら玄関をあける女性。

 しかし、家には誰もおらず荷物も無かった。


「あ! トーニャちゃんじゃないか!」

「こんにちは! たまには帰ろうと思ってきたんだけど、パパとママは? 家具もなにもないんだけど……」

「……えっと、ディランさんとトワイトさんは里を出て行ったんだ」

「は!? なんで!」


 近くを通りかかった知り合いに声をかけられたので状況を聞くと、まさかの返事があった。トーニャは火の息をポッとだしながら驚愕の声をあげる。


「年寄りは里を圧迫するから出ていくように決まったんだ。だから爺さんや婆さんは少しずつ里を出ている」

「なによそれ……! 意味が分からないんだけど! 出ていくなら若者じゃないの? つがいを探しに行ったりとか」

「外の世界に出たがらないのさ。居心地がいい場所に居たい。だが、手狭になったら困る」

「自分たちがいずれそうなるのに馬鹿なのかしら……」


 トーニャは呆れた顔でそう言う。

 ドラゴンの里も歴史が長いため、ここで生まれて育った者は出ていくという選択をしなくなったのだ。

 好奇心旺盛なドラゴンが減ったのだろうと中年ドラゴンは語っていた。


「どうなることやら……どっちにしてももうディランさん達は帰ってこないと思うよ」

「そうね。どっちに飛んで行ったかわかる?」

「いや……西の方だったような気がする」

「オッケー。それじゃ探しに行ってみるか」


 その場で変身をして、ディランとトワイトの娘であるトーニャは再び空へと舞い上がる。


「あの二人が外の世界に行ったらとんでもないことになるわ。早く見つけないと」

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