第41話 竜、里を憂う

「うえーん、ダルぅ!」

「わほぉん」

「ほら、もう帰るぞユリ。また来ればいいじゃないか」

「いつになるか分からないし……」


 アッシュウルフ達を洗った翌日。

 帰り支度をしたユリはダルの首に抱き着いて叫んでいた。

 昨夜はトワイトが即興で作った布団を使い、リビングで寝たのだが狼たちも一緒に寝て、抱き枕にされたりしていた。

 そんな感じで過ごしていたものだから情が移ってしまったのである。


「あらあら。ユリちゃん、この子達はここで暮しているからいつでもおいで」

「うう……トワイトさん……」

「うぉふ」

「わん」

「ヤクト、ルミナス……」


 残りの二頭もユリに近づき、頭を擦りながら一声鳴いた。また来いとでも言うかのように。


「仕方ない……行こうか」


 ユリはダルから離れて立ち上がると肩を落として一歩下がる。そこでガルフがユリの肩に手を置いて笑う。


「ああ! なあに俺達は金を稼げば暇ができるし、稼いだらまた来ようぜ」

「ガルフ……そうだね!」

「ザミールさんと一緒の時に来てもいいしね。王都に戻ったらお店に行ってみようよ」

「うん! それじゃあまたねみんな!」


 また来ればいいとみんなに言われてユリは楽しみはまたにしておくかと思いなおして笑顔で手を振る。


「「「わふ」」」

「こけー」

「「「ぴよっ」」」

「あー♪」


 リヒトとペット達はその言葉に各々挨拶をして歩いていく一行を見送っていく。

 馬車に乗り、ガルフが御者台から片手を上げた。


「またな、ディランのおっちゃんにトワイトさん! リヒト、今度はお前とも遊ぶよ!」

「あーい♪」


 リヒトは名前を呼ばれたことを喜び、腕をパタパタさせた。夫婦も手を振って小さくなっていく馬車を見ていた。


「道を作ったとはいえ、割と険しい山じゃが、ガルフ達はよく来てくれるわい」

「嬉しいですね。里に居た時はアースドラゴンのドリュさんがよく来ていたけれど、それ以外はあまり関わりが無かったものね」

「うむ。ご近所づきあいが煩わしいというのも解るが」


 人の来客が楽しいとトワイトが口にし、ディランも悪く無いと言う。


「畑仕事や釣りなどはしておったが、若いもんは戦いの経験が少ないのが心配じゃな。平和と言えば問題ないが、やはりいざという時に戦えた方が良いのじゃが」

「ええ。私もそれほど強くないですけど、それよりもさらに弱かったですものね」


 ディランは他の年寄りと一度訓練を提案したが若いドラゴンはそれを拒否していた。無理強いは出来ないと諦めた経緯がある。

 最強種といえど集団を相手にするのは中々に厄介だ。

 だからディランは経験から得られることは多いと、仮想敵としてドラゴンに変身した一体と人間姿のドラゴン数人の戦いなどをやっていた。


「これも時代か。まあ、ワシらはワシらで余生を楽しむとしよう。幸い友人も増えたし、お供も増えた」

「わん!」

「こけー!」

「あーう」

「はいはい、おうちで撫でてあげましょうねー」


 とはいえ、今さら里のことを考えても仕方がない。

 自分達でやっていくと言ったのだからとディランはすでに遠くなってしまった里の方角の空を見て家の中へと入っていく。


「リヒトに触らせるなら呑気な顔をしておるダルが良さそうじゃな」

「そうですね。ほら、お女将さんですよー」

「あーう♪」

「わほぉん♪」


 トワイトがダルの顔の近くまでリヒトを連れて行くと、リヒトは小さな手でふわふわになった毛をわしゃわしゃと撫でまわす。

 ダルは眠そうな目をさらに細めて舌を出していた。


「わん」

「うぉふ」

「う? あーう♪」


 そこへルミナスとヤクトも撫でて欲しいと顔を近づけた。一瞬、びっくりしていたがリヒトは片方ずつの手で二頭を撫でる。


「首が座ったら背中に乗せてもらうのもいいわね♪ その時は頼むわよ!」

「うぉふ!」


 まだリヒトは支えられるように抱っこしてもらわないと首が曲がってしまうためである。

 まだひと月と少しくらいしか経っていないので、もう二か月はかかるかとトワイトは楽しみにしていた。


「ぴよ!」

「あー♪」

「ぴよっぴ!」

「ぴよー!」


 するとそこでアッシュウルフ達を構っていたリヒトの胸ポケットにひよこ達が潜り込んだ。

 リヒトはお気に入りのポケットにひよこが満タンになったのでご満悦で今度はそっちにかかりきりになる。


「わん!」

「うぉふ!」

「わほぉん」

「うー」


 もちろん撫でタイムを邪魔されたアッシュウルフ達は抗議の声を上げた。

 リヒトはひよこと狼を見比べて困惑する。


「ぴよ!」

「うぉふ!?」

「こりゃ、トコト。毛を摘まんでひっぱってはいかん」

「昨日は狼さん達が大人気だったから嫉妬しているのかしら?」


 ガルフ達がずっと可愛がっていたので、ひよことジェニファーは少しないがしろにされていた。

 リヒトも少し遊んでからすぐ寝てしまったので遊べていないことが不満のようだ。


「さて、畑と田んぼの世話をするか。またガルフ達やモルゲンロート殿が来た時に振舞えるようにしておくか」

「でも結構貯えができたんじゃないかしら?」

「もし欲しいようなら売ってもいいかもと考えておる。金は困まっていないが、ザミールが『タダは絶対にダメです』と言っておった」

「ふふ、モルゲンロートさんも言いそうですね」

「では行ってくる……と思ったが雲行きが怪しいのう。急ぐか。家で待っておれ」


 ディランがトワイト達にそう言って歩き出す。そこでダルがのそのそと着いてきた。


「ん? 来るのか?」

「わほぉん」

「こけー」

「ジェニファーも行くみたい。それじゃ、ひよことルミナス、ヤクトは家に入れておくわね」

「頼む。ワシもすぐ戻るわい」

「ほら、お父さんにいってらっしゃいしましょうね」

「あーい!」

「「「っぴよー!」」」


 リヒトがディランにぶんぶんと手を振っていってらっしゃいをしていた。そのまま畑へ向かうと一頭と一羽が並んで歩く。


「ダルは良かったのか?」

「わふ」

「ふむ、ひよこ達に悪いと?」

「わほぉん」

「こけ」


 ジェニファーはそういうところがあるが、意外とダルも大人だった。

 戦意の無い顔をしているが、もしかしたら狼の中で一番お兄ちゃんなのかもしれないなと黄色のバンダナをしたダルの頭を撫でてやるディランだった。


◆ ◇ ◆


「もー、パパとママはどこ行ったのかしら? この高さじゃどこに居るか分からないわね……」


 トーニャは情報を頼りに里から西に向かって飛んでいた。

 帰れば会えると思っていた両親がまさか追い出されているとは露知らず、歯噛みしながら目を細める。


「あたしが居たらそんなことさせなかったのに……!」


 ディランとトワイトの娘だが、穏やかな二人に比べて気が強い。というより、おっとりしすぎているから自分がしっかりしないと! という結論に行きついたからだ。

 

「こっちで合っているのか分からないけど……うーん、もう少し高度を落とすべきかしら。飛んでいるのを見つけてくれるかもしれないもんね」


 トーニャは雲の下へ出ると、町や村が視認できる高さまで降りた。


「パパは人間と一緒に暮らすことはないだろうし、山かしらね? 一応、町を覗いてその辺の山に行ってみるか」


 そう呟いて彼女は速度を上げた。

 両親と同じく、別に見つかっても気にしないタイプなのでそういう意味ではそっくりだった。


 そしてもちろん、トーニャの姿は人間に把握されることになる。


「ありゃでかい鳥だのう……いや、違う!? あれはドラゴンだ!?」

「へ、陛下! 城の中へ!」


 西へ向かう途中にある大きな城塞都市の上級に差し掛かったトーニャは、とある王族に視認された。

 もちろんトーニャに攻撃の意思はないので、ぐるりと両親が居ないか視て、気配を探る。はずれだったため彼女はまた飛んで行く。


「……いや、特に攻撃してくるわけではなさそうだ。お、飛んで行くぞ」

「ふう……なんでこんなところにドラゴンが……」

「我は初めて見たが、鱗が美しい。アレを狩って娘にアクセサリーでも作ってやるか」

「なにをおっしゃいます!? ドラゴンに勝てる騎士や戦士は居ませんぞ!?」

「なあに、こっちからも出すし、冒険者も依頼すれば着いて来るだろ? あっちはクリニヒト王国の方角だ。モルゲンロートに騎士を借りてもいいさ」

「ええー……」

「書状を出してくれ。っと、ドラゴンを狩るというのは着いてから言う。あくまでも遊びに行くということで頼む。ロイヤード国のギリアムが行くとな」

「しょ、承知しました……」


 鼻髭を触りながらギリアムがニヤリと笑う。

 娘である王女のために桜色のドラゴンを狩ると意気込んでいた。

 

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