第39話 竜、尊敬される

「ハッ!? お、俺は一体……? 寝ていたのか? 確かガルフと戦っていて――」(ダイアン……ダイアン……)

「この声は……聞き覚えが……というかここはどこだ? 随分と視界が悪いが……霧、か?」


 目を覚ましたダイアンは視界の悪いところで周囲を見渡しながら一人呟く。

 先ほど、ガルフと外でやり合っていたはずだと訝しむ。

 そこで遠くから自分を呼ぶ声が聞こえて来た。よく耳を澄ませてみると――


(ダイアン、ダイアンかい……)

「この声は……!? 五年前に亡くなった婆ちゃん……! ど、どこだ……どこに居るんだ!」


 ――ダイアンの亡くなった祖母だった。こちらに来るなと何度も聞こえて来ていた。


(こっちに来てはいけないよ……)

「婆ちゃん! 夢でもいい謝りたいんだ! 一目だけでも! あの時、間に合わなかったことを」

(大丈夫だよ……さあ、お戻り……元気でね……)

「あ、ああ……婆ちゃん……」


 だが、半べそをかきながらダイアンは声のする方へ向かい出す。するとそこで別の声が聞こえてきた。


(おいダイアン!? しっかりしろ! なんでお前はこう人を怒らせることをするんだよ!?)

「……!? これはガルフ! こっちからか!」

(お友達のところへお帰り……あなたはいい子なんだから……人を困らせたらダメさね……)

「うう……だが、婆ちゃん……俺は――」

(こいつを飲ませよう。強心効果があるはずじゃ)

「この声は……? うう!?」

(元気でね、ありがとうダイアン――)


 続いてディランの声が聞こえた瞬間、視界が歪む。

 祖母の声が聞こえてくる方に手を伸ばすが、程なくして意識が途切れた。


「婆ちゃん!?」

「おお!? 復活した!」

「流石ディランのおっちゃんだぜ!」

「こ、ここは……」


 ダイアンが目を覚ますと、仲間とガルフが声をかけて来た。先ほど戦っていた外かと困惑していると、仲間の一人が膝をついて目線を合わせてきた。


「大丈夫か? お前は奥さんの一撃を受けて気絶していたんだ」

「気絶……というか死にかけてなかった?」

「心臓は動いていたから大丈夫だよ」

「まあダイアンが悪いしな……」


 ユリとヒューイが処遇としては死んでいないから良しとし、仲間も同情しにくいと呟いていた。

 そこでトワイトがしょんぼりした顔でダイアンに話しかけた。


「ごめんなさいね。ついカッとなってしまって」

「あ、えっと……」


 苛立ちで周りが見えていなかったダイアンだったが、よく見れば物凄い美人だと喉を鳴らす。それと同時にトワイトが冷たい表情でボディを打って来たことを思い出した。


「そうだ、俺はあなたに殴られて……」

「ええ。息子に魔法が当たりそうになったから……」

「どう考えてもあんたが悪いわね!」

「……う、むう……」


 レイカに怒鳴られ、頭がスッキリしているダイアンが圧されていた。するとそこでトワイトがダイアンの頭に手を置いてから困ったように言う。


「ガルフ君のなにが気に入らなかったのか私にはわからないけど……人を傷つけてもあなたにいいことが起こるとは限らないわ。ううん、良くないことの方が起こりやすいの」

「……」


 トワイトの言葉を黙って聞くダイアン。さらに彼女は話を続けた。


「今も私があなたを傷つけたわ。リヒトになにかあったら殺してしまっていたかもしれない。殴った私が言うのは違うかもしれないけど、あなたが攻撃をしなければ起きなかったことなの」

「そうだな。奥さんの言う通り、お前の暴走がこの結果を招いたというのは同意だ」

「あなたは剣を使って斬りかからなかった。きっと、ガルフ君達みたいにいい子なのよ。だから落ち着いて考えてみて?」

「……! 子ども扱いするな! お、俺は……」


 言い聞かせるように語られたことにカッとなり、頭の手を払いのけるとトワイトはやはり困った顔をしていた。

 しかし、先ほどの言葉と今の表情を見て、寝ている間に聞こえて来た祖母のことを思い出した。祖母もまた、トワイトと同じことを言ってくれていたのを。


「ダイアン」

「あ、いや。……ふう、そうじゃない、よな」


 少しきつめに名前を呼ばれたダイアンは焦りを見せた。しかし、深呼吸をした後で立ち上がるとトワイトへ深く頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。私怨に関係ない人を巻き込んでしまって」

「ダイアンが……!?」

「謝った……!」


 真摯に謝ったダイアンを見て、ガルフとヒューシが驚愕の声を上げた。もちろん、パーティーメンバーも目を見開いていた。


「はい、私もごめんなさいね」

「あ、はい。そっちの赤ちゃんに当たりそうになったんですね。申し訳ない」

「あうー」


 目を赤くしていたリヒトは泣き止んでおり、ひとまずディランにしがみ付いて唸っていた。


「まあ、婆さんも手加減したとはいえ、お主も手痛いダメージを負ったからお互い様ということにしようではないか」

「ありがとう、ございます」

「ったく、びっくりしたぜ。ともかく、無事でよかったな!」

「ああ。すまなかったなガルフ。俺はどうかしていたよ」

「おう!? 俺にも謝るのかよ!? 今、寝ている間になにがあったよ!?」


 スッキリした顔でフッと笑い、ダイアンはガルフにも頭を下げた。ガルフはそれを見て距離を取る。


「なにが、か。そうだな、久しぶりに祖母の声を聞いた」

「おばあちゃん?」

「そう。死にそうになった時に見る夢、というやつだろうか? 死に目に会えなかった婆ちゃんの声が聞こえたんだ」


 そしてダイアンは静かに、祖母の立ち合いが出来なかったことや、冒険者になりたてのころギルドで騙されたことがあるといったことを話していた。

 仲間たちも初めて聞いたと困惑していた。


「……昔から俺は運が無くてな。だから、村の仲間と仲良くやっていて、陛下との謁見もしたという話を聞いて実力もない、ただ運がいいだけのやつが……と思っていたんだ」

「なるほどなあ。別に運がいいと思っちゃいないけど……」


 ガルフが頬を掻きながらそういうと、トワイトが小さく頷きながら口を開く。


「たまたまでは片付かないくらいのことがあったのでしょうね。だけど、それに気付けたならきっと何かを選択をする時によく考えれば、いいことがあるようになりますよ」

「婆ちゃん……。あ、申し訳ない! なんとなく雰囲気が俺の祖母に似ているもので」

「ふふ、、私もおばあちゃんだから大丈夫よ。それじゃ、仲直りしたところでお茶にしましょうか」

「そうだな! トワイトさんのお茶、美味いんだぜ」


 ダイアンが間違えてトワイトを祖母と言い、顔を赤くして頭を掻いていると、仲直りしたからと家へ招く。ガルフもいい提案だと口にするが、ダイアンは首を振って答えた。


「いえ、ご迷惑をおかけしてご相伴に預かる訳にもいかない。このまま俺達は帰ります」

「そう? 暴れなければ別にいいのよ?」

「鎧を直すぞい」

「大丈夫です。戒めとしてこのままにしておきます。すまないみんな。行こう」

「オッケー、リーダー。ガルフ達、またな」

「お、おう……」


 ダイアンが妙に素直になり、ガルフ達は頬を引っ張り合ってパーティーを見送った。


「まあ、良かったというべきか。なにかに『憑かれて』いるような気を感じたわい」

「憑かれ……? ディランさん、それは一体」

「ワシにはそういう、いわゆる良くないものが見えるのじゃ。近くまで来て集中せねばならんが」

「ふうん? やっぱりドラゴンは凄いわねえ……」

「どうかのう今のはあの男の様子がおかしかったから視ただけじゃ。いかな生物でも万能ではない。物事には機があるもの、もしかするとあやつは機が良かったのかもしれんな」

「そうですね……」


 ディランが神妙な顔でダイアン達が去っていった方を見ながらそんなことを語った。

 確かにあれだけ暴れていたダイアンがスッキリした顔になっていたことには驚きを隠せないとヒューシは目を細めるのだった。


「でもトワイトさんの一撃凄かったなあ」

「あれで手加減してるんだもんね」

「いやですよ。あんなのが出来ても自慢になりませんもの」

「いやあ、強いってのは俺達みたいな冒険者は憧れだぜ?」

「ひとまずお茶を飲んで採集へ行こう」

「えー、狼たちと遊びたいよー」


 遠巻きに見ているウルフ達を指してユリが遊びたいというが、先に本来の目的からだとヒューシに怒られていた。


◆ ◇ ◆


「結局、なんだったんだ?」

「……俺にも分からない。だが、あの一撃で気絶した後、婆ちゃんの声が聞こえてきた。その後に目が覚めるとスッと頭にあった苛立ちが消えていた」

「お前、疲れていたんじゃないか? よく分からないけど」

「かもしれない。というより、自分の不甲斐なさに苛立っていたのかもな。ガルフ達が追い付いてくるのは冒険者として喜ばしいことのはずなのに」

「ああ、なんか昔のお前ってそうだったんだ。あの奥さんがいい子だって言うのに納得したよ」


 ダイアンの変わりように残りの三人が困惑していたが、トワイトの『いい子』という言葉の意味は分かる気がすると頷いていた。


「……どうかな。いや、思い返せば迷惑をかけた」

「いいさ。俺たちゃパーティだろ? Bランクまで上がったのはお前の強さもある。悪いと思うなら酒を奢ってくれ。それとあの夫婦に今度はお詫びの品でも持っていこうぜ」

「そうだな」


 ダイアンは馬車を駆りながらフッと笑って頷いた。そして胸中で一人呟く。


「(不思議な夫婦だったな。あれほど若いのにまるで熟年の雰囲気を漂わせていた。そうだ、俺は俺のできることをすればいい。他人を羨んでも仕方が無い。あの奥さんの言う通り、選択を間違えないように――)」


 ひと騒動あったが、ダイアンが正気に戻ることで解決した。しかし、どうしてあそこまで人が変わってしまったのか? それは謎のままとなってしまった。

 そして彼はトワイトが若い奥さんだと勘違いしたまま王都へと帰って行くのだった――

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