第38話 竜、冒険者に絡まれる

「わん! わん!」

「うぉふ!」

「わほぉん!」

「なんかあんまり怖くない鳴き方ね」

「ちょっと行ってくるよ」

「なんじゃ?」


 鳴き方に特徴のある三頭が吠えていた。それを聞いてユリが狼らしくないと感想を漏らしていた。

 するとガルフが表へ出ると言って椅子から立ち上がった。

 ディランはよくわからないが、元気なガルフが珍しく不機嫌な顔をしていたため、眉根を潜めて声をかけた。しかし彼はそのまま玄関を出ていく。


「どうしたのかしら? お茶が冷めてしまうわ」

「あー?」

「ぴよ」


 トワイトとレイカに抱っこされているリヒトも首を傾げていた。赤ちゃんと動物は感情に敏感なのだ。

 するとヒューイも席を立ってから申し訳なさそうに口を開いた。


「申し訳ない。ちょっと仲の悪い奴の声なんですよ。まさか後をつけてくるとは……」

「いやあ、キモいねホント」

「リヒト君、ごめんね。トワイトさん私も行きます」

「私も行くわ。あなたも行きましょう」

「うむ」


 続いてユリもため息を吐きながらヒューイに続き、さらにレイカも後についていった。

 トワイトが心配そうな顔でディランの袖を引き、一緒に来るように告げた。

 もちろんペット達も一緒についてくる。

 そして外に出ると、知らない顔ぶれが並んでいた。


「おいダイアン、なんでこんなところに居るんだ?」

「今日は俺達に相応しい依頼がなかったからたまにはこういうところもいいと思ったのさ。別にお前達だけの場所ってわけでもないだろ?」

「そりゃそうだけどよ。なら、もうどっかに行けよ」

「わぉふ!」

「わん!」

「わほん!」


 腹が立つ言い方だが確かに山に入るのにガルフの許可は必要ない。仕方がないとガルフはため息を吐きながら追い払う仕草をしていた。

 それに合わせてアッシュウルフが吠える。


「あ? お前、最近本当に生意気だな……!」

「お前がクソみたいなこと言うからだろうがよ……! レイカにちょっかいかけるのも気に入らねえしよ」

「くく、ハッキリ言うねえガルフは」

「あれ、みなさんも着いて来たの?」

「一応、パーティーだからなあ」


 にらみ合う二人をよそにユリがダイアンの後ろにいる仲間の冒険者に声をかけていた。するとダイアンの仲間は肩を竦めて返した。

 仲が悪いのはガルフとダイアンであり、他のメンバーとは普通に接していた。


「これ、喧嘩をしてはならん。狼たちも下がるのじゃ」

「「「わふ」」」


 ディランが声をかけると狼たちは大人しく下がる。しかし、ダイアンはディランに目を向けて言う。


「あんたがこの家の主か」

「そうじゃな。後、モルゲンロート殿に山の管理を任されておる。そこの看板を見ておいてくれ」

「そういえばこの山に管理者が出来たという話がギルドにも回っていたな。あなたがそうなのか」

「ええ、私とこの子の名前もありますよ♪」

「おお……凄い美人が出て来た……!?」


 ディランが看板を親指で示すと、ダイアンの仲間が事情を察してくれた。トワイトが笑顔で自分とリヒトもそうだと口にする。

 冒険者たちはそんなトワイトを見て顔を赤くしていた。だが、ダイアンは目を細めてからガルフへ詰め寄る。


「そうか、ガルフ。お前、陛下に覚えのあるこのおっさんと通じて謁見をしたのか……! それで陛下や貴族に取り入ろうとしているんだな!」

「おい、ダイアン。初対面の人に失礼だろ」

「お前達は黙っていろ」

「おいおい……」

「いや、申し訳ない。いつもはこんなことはないんだが……ガルフが関わると、その周りが見えなくなるというか……」


 妙な推測を口にし始めて怒り出すダイアン。

 さすがにそれは無いだろうと仲間が止めるも聞く耳もたずといった調子であった。ガルフが関わるとこうなってしまうらしい。


「あのね、ダイアン。私達はディランさんやトワイトさんと採集や収穫、狩りのお手伝いをするためここに来ているの。陛下と謁見はしたけど、商人のザミールさんの用事に着いて行っただけよ」

「レイカ……! いや、君の言葉といえど……」

「というか、僕達が陛下と通じてうまい汁を吸っているならギルドに通わず、もっといい暮らしをしていると思わないか? もう少しよく考えてくれ」

「ぐっ……」


 レイカに続き、ヒューイにも諭されてダイアンは口を閉じた。そこでガルフが首を振りながらため息を吐いた。


「そういうことだ。お前が俺を嫌いなのは構わないけど、仲間や周りの人に迷惑をかけるようなことはするなよ?」

「おいガルフ、お前も挑発するようなことを――」


 ヒューイがガルフの肩を掴んで引き離そうとした瞬間、ダイアンがカッとなって殴りかかってきた。


「おっと!? いきなりなんだ!」

「こけー!!」

「あ? なんだこのニワトリ? あっちいけ!」

「こけ!?」

「ジェニファーこっちに!」


 難なく回避したガルフだが、それが気に入らないようで激高しながらさらに踏み込んで来た。ジェニファーが威嚇すると、蹴り飛ばさん勢いで足を振り上げていた。

 ユリが慌ててジェニファーを呼び寄せる。


「なんで俺に突っかかってくるんだよ」

「生意気だと言っている!」

「そりゃ理不尽だっつの! レイカにフラれたのは俺が居たからだし、陛下と謁見したのは不測の事態だったんだぜ」

「なにもしていないくせに同じ村出身だからとか、そういう運だけでやっていけているようなところが気に入らん!」

「勝手なことを……! みんな下がってくれ、こいつは一回ぶちのめしとかないとダメみたいだ!」


 尚も殴りかかってくるダイアンにヒューイを押しのけて応戦する態勢に入った。

 ダイアンの攻撃はBランクらしい鋭い一撃だが、Cランクのガルフはそれをいなしていた。


「くっ……当たらないだと」

「おっと。いや、前なら食らっていたし、相打ち狙いが多かったと思うけど、今はそんな気がしないな。それ!」

「チッ……!」

「おお、やるねガルフ君」

「最近、調子がいいんだよね、私達」

「こけー!」

「「「ぴよー!」」」


 喧嘩は今までも何度かあった。

 しかし、以前は一方的とまではいかないがガルフの方がダメージを貰う方が多かったのだ。

 だが現在、ガルフはほぼ同等の能力で殴り合っていた。ダイアンの態度が


「あらあら、どうしたのかしら? ガルフさん、そちらの方も喧嘩はやめてくださいな」

「うおおお!」

「だりゃぁぁぁ!」

「困ったわねえ。あなた、どうしましょう」

「まあ、決着がつくまで見守るのがええじゃろう。男同士はそういうところもある。剣を使わなければ死ぬこともあるまい。最悪ワシが止めるわい」


 ディランがそういうとトワイトは頬に手を当てて不安そうな顔でリヒトを抱っこしていた。

 そんな中、ガルフとダイアンの戦いは膠着状態になっていた。掠ることはあるが、クリーンヒットが無いため決着がつかないのだ。

 

「へへ、いつの間にか俺、強くなってるのかね」


 ガルフには余裕があるが、逆にダイアンの苛立ちは加速していった。少し前まで優位に立っていたのに今はほぼ互角なのだ。

 実際、嬉竜草のお茶効果もあるが、米の収穫や山での採集、狩りは通常の依頼よりも過酷である。それゆえに体幹など基礎的な部分が鍛えられていた。

 さらにディランが狩りをする動きなどを見ているのも大きい。


「(Bランクの俺がガルフなんぞに……! こうなれば――)」


 このままでは決着がつかないと判断したダイアンは、別の手段を使うことを決めた。


「くらえ! <ストーンバレット>!」

「なに!?」


 ダイアンは拳を引いた後に距離を取って魔法を放った。手のひらから石の礫が飛び出し、ガルフは慌ててしゃがみ込む。


「ちょ、ダイアンあんた!?」

「お前、魔法は汚いだろ!?」

「「「ぴよー!?」」」


 レイカとダイアンのパーティーメンバーが驚愕する。だが、問題はその飛んで行った石の礫だ。

 そこにはディランとトワイトが居たのである。ひよこ達がそれを見て驚愕していた。


「……!」

「むう……!」

「ふあああん!」


 石の礫は当たる数十センチ前で見たこともない魔法陣が現れて弾き返していた。

 ドラゴン特有の防御魔法が発動していたのだ。

 衝撃は軽いものだったが、音が大きかったのでリヒトが泣き出した。


「これは懲らしめねばいか――」

「あなた、リヒトをお願いします」

「おう!? う、うむ、分かった」


 さすがに見過ごせないとディランが動こうとした瞬間、トワイトが微笑みながらリヒトをディランに渡す。

 笑顔ではあるが、ディランはその迫力に圧されていた。


「てめえ、素手で勝負しろ!」

「お前が魔法を使えないのが悪い!」

「もう止めなさい! 魔法まで使って!」


 レイカが叫ぶも二人は止まる気配がない。無理やり止めるしかない。

 一行がそう思っていた瞬間、風が巻き起こった。


「止めなさいと……言っているでしょう!」

「がっ!?」

「「「あ!?」」」


 あっと思った時にはすでにトワイトの拳がダイアンの脇腹に突き刺さっていた。

 鋭角な

 ダイアンはビクンと身体を震わせた後、ぐるりと白目を剥いた。


「お、俺のスティールアーマーをひしゃげさせた上に、この威力……だと――」


 そのままダイアンは両膝を地面につけ、前のめりに倒れて気絶した。


「まったく! 喧嘩はダメですし、もしやるなら迷惑をかけないようにしなさい! 聞いているのですか!」

「あ、あのトワイトさん、聞こえていないと……思います……」

「え?」

「「「わふーん……」」」


 ユリの言葉を聞いて一同は高速で頷き、その場に立ち尽くすのだった。  



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