第28話 竜、正式に山の管理者になる
「そろそろひと月だが連絡は?」
「まだですね、やはり通常の道具では加工は難しいかと」
「そうか。ディラン殿たちについての説明は?」
「おおむね行き届いたかと。特に各町のギルド間は問題ないかと」
クリニヒト王国は王城にて、モルゲンロートと息子のヴァールが資料に目を通しながらそんな話をしていた。
すぐにディランの下へ山の管理者という看板を持って行かなかったのは、しばらく民衆へ話を通したかったからだ。
それと看板も今一つ、作業の進捗が遅いというのもあった。
元々、ディランの鱗を削って枠にし、金属のプレートにはめ込むというものだった。
しかし、鱗が思うようにどころか職人の工具ではまるで歯が立たなかったたのだ。
故に『キリマール山の管理者』と記載された金属プレートのみがある状況だった。
「父上、お気持ちは分かりますが城の職人で無理ならアレを加工するのは諦めたほうが良いのでは?」
「まあな。そろそろ持って行きたいし、ミスリールの額縁でいくか……」
残念そうに項垂れるモルゲンロートにヴァールが苦笑していた。ここのところ自分の父親が鱗の加工ばかり気にしていたからだ。
「聞くところによると気のいい方のようですし、問題ないでしょう」
「そうなのだが……うむ、まあそうだな。これは私の我儘だ」
あっさりと認めて肩を竦めるモルゲンロートに、こういう潔いところは見習うべきだなと考える。
そこでモルゲンロートはあの日の帰り道を思い出す。
「……ふむ、あれはザミールが貰ったものだから考えから外していたが、ブレイドドラゴンの爪はどうだろう……」
「そんなのがあるんですか?」
「ああ。ファイアヴァイパーがチーズみたいに裂けてしまったのだ。あの切れ味は試す価値がある……よし、ちょっと貸してもらおう」
「(父上、生き生きしているなあ。私もその御仁に会ってみたいな)」
腰を上げてザミールを呼ぶための手続きをとるため執務室を後にした。
そして翌日、ザミールは城の中にある工房へとやってきた。
「すまないなザミール」
「いえ、陛下のお呼び出しとあれば……それでこれを使ってみるということでしたが」
そういってザミールはきちんと全部が隠れるカバンに入ったブレイドドラゴンの爪を指した。モルゲンロートは頷いてから口を開く。
「ディ……アークドラゴンの鱗はここにある工具ではダメらしくてな。あの切れ味を誇った爪ならあるいはと思ったのだ」
「ああ、そういうことですか。ではこちらを」
ザミールは納得して手を打つと、カバンを開封し始めた。そこで近くに居た職人が渋い顔で口を開く。
「こっちとしてはプライドが傷ついちまいますよ陛下。ドラゴンの鱗を触れるのは楽しいですが」
「友人から貰ったものでな。一部を削って家宝のタワーシールドにしようかと思っているのだ」
「確かにでかすぎますからねえ。おっと、ザミールの旦那。そいつが?」
「ええ。ちょっと大きいですが……」
「ちょっと……?」
両手で抱えるくらいはあるブレイドドラゴンの爪を置いて、爪先に被せられている蓋のようなものを取りながらザミールは笑う。
職人はそれを見て眉を顰めていた。
「重くないのか?」
「びっくりするくらい軽いんですよ。でも切れ味が凄い」
「そういえば持ってもお前は斬れないのだな?」
モルゲンロートがもっともな質問を投げかけた。するとザミールは複雑な表情で冷や汗を流しながら返す。
「……周囲はこう、つるんとしているので抱えても斬れません。しかし爪先はこのとおりで――」
ザミールが許可をとったうえで適当な鉄板を爪先に触れさせると、特に力を入れた感じもないがあっさりと穴が開いた。
「うお……!?」
「なるほど、これが飛んで行ったのならファイアヴァイパーなど一瞬だな……」
「ということです。持ち歩くのも大変なので分割してもらえないかと思って腕利きの鍛冶屋に持っていたのですが無理だと」
「え!? じゃ、じゃあどうするんだ? こいつを加工して道具を作らせてもらおうと思ったんだが……」
職人が驚愕する。これではお互いどうしようもないじゃないかと。
しかしザミールは爪を見ながら言う。
「これはさっきも言ったとおり軽いんですよ。だから、この爪先を上手く使ってディ……アークドラゴンの鱗を斬ればいいのかと」
「あー」
モルゲンロートの提案をザミールが説明した。職人はなるほどと理解をする。
それならと、職人はブレイドドラゴンの爪を持ち上げた。
「本当に軽いな……これなら――」
そして爪先をディランの鱗へ当ててスッと引く。すると工具がダメになったのが嘘のようにすとんと落ちた。
「すげえな……よし、これならいけそうだ! ちょっと借りるぜ! おい、おめえら手伝え!」
職人は嬉しそうに二人へ告げると作業に取り掛かった。その様子を見てザミールがモルゲンロートに声をかける。
「なんとかなりそうですね」
「うむ。しかしドラゴンを倒すのは至難の業というのがよく分かるな。すまないが数日ほど爪を借りて良いか?」
「もちろんです。しばらくしたらあの村へ行くのでその時に回収させてください」
「あいわかった。管理者の看板をバーリオに持たせるから一緒にいってくれ」
「承知いたしました」
そして都合三日ほどかけて作業を行い――
◆ ◇ ◆
「さて、今日は畑の様子と釣りにでも行くかのう」
「あー♪」
「こけー」
「「「ぴよー」」」
早朝、陽が昇りかけている中、ディランはリヒトを抱えて畑へ出ていた。あの日以来、リヒトが寝ていても部屋から出る時は連れ出すようにしていた。
ペット達もなるべく離れないようにし、着いて回る。
今日の予定を告げるとリヒトが腕を振りながら声をあげていた。
畑の世話、収穫、朝食と朝のルーティンを終わらせて、散歩と釣りに行こうかと食休みをしていたところで、玄関がノックされた。
「おや、誰じゃな?」
「商人のザミールです! それとバーリオ様をお連れしました」
「あら、ザミールさん? どうしたのかしら」
ディランとトワイトが応対し、外に出るとザミールとバーリオが立っていた。
「意外と早くついてしまったな。朝早くに申し訳ない、前はそんなことも無かったのだが」
「竜嬉草の茶は体に良いからそのせいかもしれんな」
「ええ……?」
飲んだのは一か月前だけどとザミールとバーリオは顔を見合わせていた。しかし本題はそこではないためすぐに話題を戻した。
「以前、陛下がおっしゃっていた山の管理者についてだ。各町や村にはディラン殿が管理者ということになったと通達してある。もし誰かが尋ねて来たらこの看板を見るように言ってくれ」
「お、いい看板じゃな」
「うー」
ディランは看板を受け取り、自分の鱗が使われていることに気付いてそう呟く。
「玄関前に立てればよさそうじゃ。後で材料は取りに行くとして、まあ上がってくれ」
「お茶を出しますよ」
「これはかたじけない」
「ありがとうございます! あのブレイドドラゴンの爪なんですが――」
ディラン達は二人を招き入れて朝のお茶会となった。看板の土台を取りに行くという仕事が増えたので今日はそれにしようとトワイトへ話していた。
そしてドラゴン一家は説明を聞き、山に関することを任されることになるのであった。
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