第13話 竜、家庭菜園の続きをする

 村での買い物から早三日が経った。

 ミルクもしっかり冷えているものを貯蔵しているのでリヒトの分はしばらく安泰である。


「婆さんは色々できてええのう。どれ、ワシは畑の様子でも見るか」


 羊毛を手に入れたトワイトは布団を作るのを目標にしていて、今も家の中ではペットとリヒトに囲まれて製作中である。

 邪魔しては悪いとディランは一人、畑へと向かった。

 とはいえ、畑はすぐ隣の敷地に作っているため向かうというほどの距離でもないが。


「ふむ……あまり大きくならんのう。ここの土地は痩せておるのか?」


 ここへ来てから数日で畑を作り、キャベツ、ナス、トマト、ニンジンといったあらゆる野菜を育ててみることにした。

 しかし、トマト以外はさっぱりいいものができないのだ。


「トマトはストレスを与えると甘くなるからいいとして、問題はキャベツとナスかのう」

「こけ」

「お、なんじゃいジェニファーか。リヒトはええのか? お、おい、どこ行くんじゃ」


 いつの間にか足元にペットのニワトリが居て一声鳴いていた。リヒトの傍に居るのでいいのかと尋ねてみたところ一瞬、ディランを見上げた後に畑へと足を踏み込んだ。


「……」

「野菜を食いたいのかのう」


 ディランがそう呟きながら頭を掻いていると、土をくちばしで掘り返しはじめた。

 どうも野菜を、ということではないらしい。

 さらに観察を続けていると、しばらくしてからジェニファーが首を振る。そしてなにかを咥えてディランの下へとやってきた。


「む? こいつは……ミミズか。もしかして虫を探しておったのか」

「こけ」

「で、あれだけ探してこいつ一匹……」

「こけー」


 そうだと言わんばかりに羽を広げて大きく鳴いた。そこでジェニファーがなにを言いたいのかディランは手をポンと打って気が付いた。


「虫もよりつかんほどの畑というわけじゃな!」

「こけー♪」

「なんじゃと! 余計なお世話じゃ!」

「こけー!?」


 真実がわかりジェニファーを怒鳴りつける。しかし、彼女の言っていることは間違っていないため視線を畑に戻してから顎に手を当てる。


「畑は村でもやっておったがあそこは肥沃な土地じゃったんじゃのう。少し土をもってくればよかったわい」


 畑はどこも同じだと考えていたディランはここで竜の里は恵まれた土地だったのだと気づく。

 しかし里へ取りに行くのも癪だと感じていた。あの若い衆の顔を見るのは面倒だと。


「こういう時、土に栄養を与えるのはどうするのかのう」

「こけー」


 ディランがどうするべきか呟いていると、おもむろにジェニファーが畑に糞をした。


「こりゃ、粗相をしてはならんぞ」

「こけこけ」

「なに、違う?」


 どうも肥料として糞を使おう、と言っているようである。

 そういえば人間は家畜の糞を使っているという話を、茶飲み友達であるライトニングドラゴンであるボリスから聞いたことがあった。


「しかし、しっかりと寝かせなければ無理じゃろ」

「こけー……」

「気にするな。別に畑がダメでもその内に使えるようになるじゃろうて」


 いい提案だったがすぐに実行できるものではなかったのでディランがそう告げるとジェニファーが残念そうに頭をたれた。

 そんなジェニファーを抱え上げて気にするなと背中を撫でてやっていた。


「他にいい方法は無いものか? ……ふむ、ミルクを撒いてみるのはどうじゃろうか」

「こけ? ……こけー」

「悪くはないと思うのじゃが」


 牛乳肥料というものはあるので発想は悪くない。だが、ジェニファーは『リヒトのご飯』をそういう使い方にするのは嫌だとジト目を投げかける。


「ま、まあ、少しくらい良かろう。コップ一杯のミルクにリーフドラゴンの爪垢を混ぜたらいけんじゃろうか? 確か植物を司るドラゴンじゃったはず」

「こけー」


 それはいいんじゃないかとジェニファーが鳴いた。さっそくディランは家に戻り、裏口から洞穴へ向かった。


「おかえりなさい」

「いや、まだ畑をいじっておる最中じゃ。ちとリヒトのミルクをもらうぞい」

「それはいいですけど、どうしたんです?」

「畑に栄養をやるのじゃ」

「ええ?」

「あーうー?」

「ぴよー」


 ニヤリと笑うディランにトワイトがリヒトを見て首を傾げていた。リヒトとひよこ達もなにやらと言った感じで後を追うジェニファーを見ていた。


「ミルクはこれくらいでええか。リーフドラゴンの爪はどこじゃったかいのう……」

「こっけー」

「こりゃ、むやみにその辺に触ってはいかんぞ」


 ミルクを高いところへ置いておき、リーフドラゴンの爪を探すディランとジェニファー。

 とりあえず洞穴は持って来たものを適当に入れているだけなのでまだまだごちゃごちゃしている。


「こー……? こけ!?」

「言わんこっちゃない。なんじゃこれ? なんかの灰っぽいのう」

「ぷへー」


 筒のようなものの縁に立って中を覗きこんでいたジェニファーがそれをひっくり返して頭から灰を被ってしまった。

 ディランは苦笑しながら払ってやる。するとその近くに小物入れがあることに気づく。


「む、なんかこれが怪しいわい」


 見つけた小箱を開けると深い緑をした爪が五枚ほど見つかった。他にも紫や青といった色とりどりのものも見受けられる。


「おー、これじゃこれじゃ。千年くらい前にお互いの爪を交換しようと言って入れておいたものじゃ。ワシのだけやたらでかくて不評じゃったのう……」


 アークドラゴンのディランは竜一倍身体が大きいので皆に呆れられていたことを思い出す。別に嫌ったりしているわけではなく、単純にでかいというだけでネタみたいなものだ。

 

 見つかった喜びと複雑な思い出が同居する中、その場で爪を少し削る。

 それをミルクと混ぜてから再び畑へ。


「あら、ジェニファーが真っ黒」

「ぴよー!?」

「こけー」

「あうー」


 リビングへ行くとニワトリが黒くなっており、ひよこ達が驚きの声を上げていた。

 特に問題はないとジェニファーが制し、ディランへついていく。

 そこでトワイトやひよこ達も気になって外へと追いかけた。


「さて、リーフドラゴンの爪垢を煎じたこのミルクを――」

「サバナさんの爪ですか?」

「お、なんじゃい着いてきたのか。そうじゃ。栄養になるミルクと植物のドラゴンの恩恵でも受けられんかと」


 懐かしいリーフドラゴンの名をトワイトが口にする。ディランは頷いてからミルクを掲げた。


「そういうことでしたか。サバナさんは果物が好きでしたし、桃とかもいいかもしれませんね」

「うむ。その内にな。さ、これが畑に力をもたらす……!」


 そう言いながらミルクを畑に撒いた。

 じわりと地面にミルクが広がり、染み込んでいく。


「……なんも起こらんな」

「すぐには無理ですよ。さ、気が済んだらお布団を作るお手伝いをお願いしますね」

「楽しみにとっとくかのう。ジェニファーも洗わんと」

「だー♪」

「髭を触りたいのか?」


 そんな話をしながら一家は再び家の中へ。

 ……確かに『今は』なにも起こらなかった。『今は』――

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