第14話 竜、知らない内に脅威になる

「……」

「どうしたのですか父上?」


 とある城での朝食風景。

 王族が穏やかに食事をする中、国王であるモルゲンロートがなにかを考えていた。

 それに気づいた息子が声をかける。


「む、あ、いや、なんでも無い。うん、今日も美味いなこの牛ヒレのステーキは」

「それはチキンステーキよ、あなた」

「……」


 口に含んだ肉を咀嚼して感想を言うと、王妃が困った顔で訂正をした。

 息子である王子がその様子を見て少し沈黙した後、父に話し出した。


「なにか困ったことでもあるの? 最近ずっと上の空だけど」

「……大丈夫だ。ちょっと疲れているのかもしれない、朝食が終わったら少し休ませてもらおうかな」

「そうですね。執務はヴァールでも大丈夫でしょうし」

「はい、母上! いつでも代われるよう、勉強しております」


 ヴァールと呼ばれた王子は王妃の言葉に笑顔で答えた。真面目な顔つきは両親のどちらにも似ていると言える。


「では、ローザにヴァールよ、少しだけ頼むぞ。昼までには復帰するがゆえ」

「ごゆっくり。たまには森へ狩りにでも出かけられてはどうでしょう? 父上は狩りが好きでしたよね」

「あ、ああ……」

「ふふ、ヴァール、陛下を休ませると言ったばかりではないですか。では、わたくしは庭で読書でもしましょうか」

「あはは、確かに」


 狩り、と聞いて国王はどきりとして身体をこわばらせた。しかしそれは二人には伝わらなかったようで、談笑を再開した。

 国王モルゲンロートはそんな二人に苦笑しつつ、食事もそこそこに席を立つと、一人私室へと向かう。


「……ふう」


 自室へ入りモルゲンロートはひと息ついた。そのままベッドへ……は向かわず、窓の近くへと身を寄せた。

 高い位置に部屋があるため、遠くまで外を見渡せるのだが、その窓の一つから山が見える場所があった。

 彼はそこから見える山を凝視し、目を細めていた。


「あの山に巨大なドラゴンが降り立ってそれなりに時が経った。皆は気づいておらんようだが幸いというべきか……」


 モルゲンロートはそんなことを一人口にする。

 そう、このクリニヒト王国の国王であるモルゲンロートはあの日、ディランとトワイトが山へ降り立つのを見ていたのだ。

 かなり離れているため、城下町からでは昼間でも見えなかった。しかし、城のそれなりに高いところにある自室からはハッキリしっかり見えていたのである。


「あの山までの距離はかなりある。にもかかわらずあの大きさ……恐らく、想像よりも巨大な存在だろう……」


 あのドラゴンが牙を剥いたらこの王都などひとたまりもない。そう思い、この数十日ほど気が気でない日を過ごしていたのだった。


「討伐隊を出すべきか。しかしなにもしていないドラゴンを攻撃したら寝た子を起こすということにはならないだろうか……?」


 答えの出ない問答をまた一人ぶつぶつと呟くモルゲンロート。

 実際、山に降り立ったのは見たものの咆哮があったとか、ドラゴンに襲われたという話は一切聞いていない。

 それなら放置でもいいのではないかと考えていた。

 だが、それと同時に『自分の国が脅威にさらされているかもしれない』事実を見て見ぬふりできないという思いもあった。


「……やはりここは私が行くしかないか。幸い、ヴァールも二十歳を越えた。後を任せてもいいだろう。ドラゴンは会ったことがないが賢いと聞く。話し合いに応じてもらえればチャンスはある」


 そこで『自らがドラゴンの下へ行く』という選択肢を出し、覚悟を決めた。

 もし、自分がやられたとしても隣国に協力を仰げばきっと倒せるであろうとの算段だ。


「となると、秘密裏に戦力を集めねばなるまい。……奴に頼んでみるか」


 モルゲンロートは計画を決めた後、顎に手を当てて作戦を練ることにした。

 そのためには戦力が必要だ。そこでとある人物の顔を頭に描き、いそいそと自室を後にした。


「……げっ!? 陛下!? ど、どうなされました? こんなむさくるしいところにわざわざ来られるとは……」

「励んでおるか? なに、たまには様子をな。バーリオはいるかな?」

「指南役ですか? 今、呼んできます!」


 その足で向かった先は騎士の駐留厩舎だった。まだ暇している時間だろうと思っていたがすでに訓練の準備で慌ただしかった。

 悪いことをしたなと思いつつ、若い騎士が呼びに行った目当ての人物、バーリオを待つ。


「こんなものしかありませんが……」

「おお、すまぬな」


 他の騎士が恐る恐る腰かけを差し出し、座る。しばらく待っていると、四十代半ばといった感じの青いマントをつけた男がやってきた。


「陛下!」

「来たかバーリオ。朝早くからすまない」

「いえいえ。陛下のご命令であれば一番に駆け付ける所存です。して、本日はいかがなされましたか?」


 老いを感じさせない力強い眼差し。を正面から見据えていたモルゲンロートは周りの騎士を下がらせた後、二人になってから口を開く。


「……実は数日前、キリマール山に巨大なドラゴンが降り立つのを見た」

「なんですって? 詳しく――」


 モルゲンロートは見たことを全て話し、推測を口にする。それを聞いたバーリオは腕組みをして冷や汗をかいていた。


「確かに刺激するのはよくないですが……陛下はそこへ行くつもり、と」

「察しがいいな。それで同行者を募りたい」

「承知しました。では私の選りすぐりの騎士を」

「若い者は避けてな」

「もちろん」


 バーリオは胸に手を当ててお辞儀をする。モルゲンロートは小さく頷くと、後はいついくかと呟いていた。


 そんなドラゴン達はというと――


「あなた、引いてますよ!」

「あーうー!」

「こけー!!」

「おお、こいつはでかい気がするぞい……!!」

「ぴよー!!」


 ――呑気に釣りをしていた。 

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