第12話 竜、お金を稼ぐ
喜びを露わにするディランとトワイト。
すると冷静さを取り戻したザミールが咳払いをして二人へ話しかける。
「コホン。一番、安い金額を提示したのですがそれで喜ぶということは本当に手作りかつ、お金は度外視なんですね」
「お? 金貨十枚は結構高いじゃろ」
「ねえ?」
「あうー?」
ザミールの言葉に首を傾げるディラン一家。
お金の価値自体は知っているし、トワイトが編んだ完全手作りのため高くても銀貨五枚くらいだと考えていたため金貨十枚なら破格なのだ。
しかし、ザミールはそう見えておらず、大きな声を上げた。
「これが! 金貨十枚は! あり得ません! このきめ細かい糸の織り込みに模様のセンス、そして大きさ! どんな機織りの道具を使ったらできるのやら……!」
「ふぁ……」
「こけ!」
「ぴよ!!」
「ああ、よしよし。ごめんなさい、大きな声を出すとリヒトが泣いてしまうわ。あと、絨毯は私が手で編んだものだけど……」
「代わるかのう。そやつは絨毯に興味あるみたいじゃし」
興奮気味に捲し立てたため、リヒトがぐずり始めた。トワイトがあやしているとジェニファーやひよこが抗議の声を上げる。
「これは失礼しました。……って手編み!? これを!?」
「ふあああああああん!」
「こりゃ、声が大きいわい」
「あああ、す、すみませんすみません!」
◆ ◇ ◆
いよいよ泣き出してしまったリヒトを落ち着かせるためディランとトワイトはその場を離れてあやすことにした。
しばらくすると泣きつかれて寝てしまったので再びザミールとの話し合いに臨む。
その間、村人が買い物をしていたので時間が無駄になるようなことは無かった。
「……えー、あれはあなたが一人で?」
「ええ。一人で編みましたよ♪」
「すげえな……」
「奥さん、才能ありすぎだろう……」
買い物を終えた村人は帰らずにザミールと夫婦の話を聞こうと集まったままだった。ベンチに置いた絨毯を改めて見て感嘆の声を上げている。
遠くから見ると羽を広げた立派なドラゴンが浮かび上がってくる。
「ドラゴンさん、かっこいいねー!」
「ええ。夫をモチーフにしたの♪」
「あれワシじゃったんかい」
「(のろけてる)」
「(奥さん可愛い)」
村人たちが仲のいい夫婦だと微笑んでいると、ザミールがまた咳払いをして言う。
「では猶のこと安いものではありませんね!」
「でも安い方が商人はええんじゃないのか? 昔、そう聞いたことがあるぞ」
「旦那さん……確かに安く仕入れて高く売る、というのが商人のあるべき姿です。しかーし! 良いものは良いとして適正価格を算出するのもまた使命なのです!」
「声が大きいですよ」
「……すみません、つい」
ディランとトワイトがザミールを諫めると小さくなる。
とりあえず絨毯についてはひとまず金貨十枚で買い取ってくれ、もしもっと値がつけば差額を持ってくるとのことで収束した。
「おお、金貨十枚じゃ。これでしばらくミルクに困らんな」
「そうですね。ありがとうございます。ザミールさん。もう一枚持っていきますか?」
「まだあるの!?」
そこでトワイトがディランの荷物からもう一枚絨毯を出してきてザミールが噴き出した。
「三枚作ったのじゃ。一日一枚いけるらしいぞい。ウチの婆さんは凄いんじゃ」
「一日一枚……このクオリティで……?」
「凄すぎる……」
「いやですよあなた」
「(かわいい)」
「(かわいい)」
「(かわいい)」
自慢げにディランがトワイトの肩に手を置くと、村人たちが注目する。
彼女はそれに気づくとリヒトを抱っこしたままディランの大きな背中の後ろに隠れた。
「三枚もこんな貴重品を持ち歩くのは怖いですね。ひとまず二枚はまた今度、ということでよろしいでしょうか?」
「もちろんじゃ。それでええのう?」
「私もそれでいいですよ」
ディランの背中に居るトワイトが頷いたのでザミールがホッとしていた。そのまま笑顔で丁寧に絨毯を馬車に積み込んでいく。
「それじゃドガさんにミルクを分けてもらいましょう」
「じゃな。それにしても絨毯にこんな値がつくとはのう」
「トワイトさんの絨毯、センスいいもの。ウチにも一枚欲しいくらいよ」
「あら、それなら一枚……」
「ダメです! 市場価値を決めてからにしましょう」
「そう? お世話になっているからいいと思うんだけど……あ、そうだ」
トワイトが頬に手を当ててそう呟くが、村人たちもよく知っているザミールが価値あるものだと言った時点でおいそれと頼めないと笑う。
そこでディランの手にある袋に入った金貨を見てなにかを思いついた。
「羊毛を売ってもらえるって聞いたから買おうかしら。リヒトのお布団をいいものにしましょうよ」
「ワシはなんでも構わんぞい」
「旦那はやる気がねえなあ」
トワイトがやることはなんでも肯定しているディランに、村人が苦笑していた。
するとディランが口を尖らせてから言う。
「む、そんなことはないぞ? 木彫りの人形くらいは作れる」
「いや、そういう意味じゃ――」
「とあああ!」
「「おお!?」」
「あらあら♪」
その辺に落ちていた木を物凄い速度で削り、やがてぴたりと止まる。
そして出来上がったものを地面に置いた。
「……これは熊か?」
「熊だろう、な」
「熊だ」
そこにはそこそこ立派な熊が居た。迫力があり、感嘆の声が方々から上がる。
しかし、ディランは渋い顔をしてそっぽを向いた。
「……狼じゃ!」
「「「えええー!?」」」
「これ狼なの!? 耳は丸いし身体が大きいよ!」
「はっはっは! こりゃ奥さんに軍配があがったなあ。いや、でも迫力はあるよこの狼」
「ええい、うるさいわい。ミルクと羊毛を買って帰るぞい」
「はいはい。ほら、みんな行くわよ」
「むにゃ……」
「こけ」
「ぴよー」
顔を赤くして歩き出すディランに微笑みながらトワイトがついていく。
その後は希望の品をお金と交換し、トワイトはホクホク顔で村を後にしていった。
「帰っちまったか」
「ああ。毎度驚かされるぜ。あ、俺は油を少しくれ」
「承知しました。キラービーの甲殻三枚でいいですよ」
「おう、相変わらず助かる」
残された村人たちもザミールから品物を買う。
油といった高価な品も魔物の素材と交換してくれるのが彼の商人としての矜持が見られる。
「あの夫婦、最近あの山に来たらしいけどいい人達だよな」
「奥さんの手先器用だし、美人だ。いいよなディランさん」
「……手先が器用、だけでは済みませんけどねえ……」
村人たちの会話を聞いていたザミールがフッと笑う。
「どういうこった?」
「いえ……この絨毯の素材……これもただの糸じゃないんですよ。とても強力な魔力を帯びているんです」
「あ、だから高いって」
ザミールはそれを聞いて頷いた。
どう考えても一介の主婦が作れるものではないが、商人はそこにあるものが全てなのだ。疑う余地はない。
「では私はこれで。またあの夫婦が来たらここへ来る日程を教えておいてください」
「オッケー。そういや狼の木彫りは?」
「そこにあるよ。なんか愛嬌あるし村の入口にでも置いておくか」
こうして行商人のザミールはまた王都へと戻って行った。厄介だが好奇心を刺激する絨毯と共に。
そしてディランの彫った狼の彫刻は村の入口に置かれることになった。
余談だがその日から村の近くで魔物を見ることがなくなったという――
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