第11話 竜、行商人の度肝を抜く
「きゃー♪」
「いいものがあって良かったわねリヒト」
「こけー」
トワイトに抱っこされたリヒトの手には棒があり、その先には紐がついていてさらに虫が括り付けられている。
それを振るとジェニファーやひよこがぴこぴこと動くのでリヒトは大層気に入っていたりする。
「時間の指定は無かったが大丈夫かのう」
そんな彼等は山を下り、村へと向かっていた。
大きな荷物を抱えているディランが時間について確認していなかったなと口をつく。
「朝から居れば大丈夫ですよきっと。ダメならまたの機会にすればいいだけですし」
「それもそうか」
「だーうー」
お年寄りは時間がありますからねとトワイトが笑い、てくてくと歩いて行く。
早朝の美味しい空気の中、朝食後の散歩も兼ねた下山は快適だった。
今回は魔物が現れず、特別ボーナスは無し。ディランが少し残念そうにしていたものの、程なくしていつもの村へと到着した。
「お、来た来た。おはよう、お二人さん」
「おはようございます!」
「おはようさん」
「あー!」
「こけー」
「「「ぴよっ!」」」
「大所帯だな……」
夫婦の後に続くペット達を見て苦笑する門番の男が、扉を開けてから話を続ける。
「商人さんはもう少ししたら来ると思う。それまで広場の椅子にでも座って適当にくつろいでてくれや」
「おう、そうさせてもらうぞい。日向ぼっこといくか」
「そうですね」
そんな話をしながら中へ入ると、村人たちに挨拶をされる。
まだ三回目だが持って来たものや、彼等そのもののインパクトが強かったためすぐに覚えられていた。
「お、坊主いいものを持っているな」
「あー♪」
「広場に行くの? ウチも子を連れて行こうかしら。お話を聞きたいわ」
「ぜひお願いします。こっちでは茶飲み友達が居ないから嬉しいわ」
広場へ向かう途中、数人の村人に話しかけられてトワイトが挨拶を交わす。
同じく赤ん坊が居る女性はトワイトと話がしたいと広場へ集合することにしたようだ。
「ふむ、いい天気じゃ。水筒にお茶を持って来て良かったのう」
広場に到着するとディランが荷物を降ろしてカバンから水筒と木で出来たコップを取り出した。
フレイムドラゴンの皮を使っているため保温性は抜群だ。ちなみに冷たい水筒はアイスドラゴンの皮を使う。
脱皮に近い生え変わりの時期に少し分けてもらっていたがそれが役に立った瞬間である。
「フレイムドラゴンの素材は捨てるところがないのう」
「フレイム……?」
「皆さんも良かったらどうぞー」
「こりゃどうも。……ほう、飲んだことが無い茶だ……しかし美味い」
「うむ。これは竜の里の近くでよく採れる嬉竜草という草から抽出するのじゃ。渋いが癖になろう?」
ディランが説明しながら笑うが、竜の里と聞いて一同はぎょっとしていた。村人の一人が恐る恐る尋ねる。
「あ、あんた達はあの山の近くに行ったことがあるのか?」
「む? もちろんじゃ。住んでおったからな。とはいえ嬉竜草は珍しいものでもないし――」
「「「はあ!?」」」
「な、なんじゃい!?」
ディランが腕組みをしながら草について説明をしていると、村人から驚愕の声が上がった。
竜の里があるとされている場所はここからかなり離れている。そもそも、竜達が暮らしている里も眉唾……噂だけではないかと言われているのだ。
その近くに住んでいたというのだから驚かないはずがない。
「本当なのトワイトさん?」
「ええ、そうですね! 長いこと暮らしていましたよ。この人、見かけより気が弱いから外の世界に出なかったんです」
「なるほど……?」
竜の里の近くに町や村があるのは間違いない。そしてそこは例外なく魔物も強力なので別地域へ移動することはないだろうと一応は納得する。
ならばと一人の女性が手を上げて口を開く。
「じゃあどうして山に引っ越して来たんです……?」
「あー……実は里を追い出されたのじゃ」
「え」
「そうなの。もういい歳だから若い者だけでやっていくって」
「そういえばガレアおばさんがそんなことを聞いたって言ってたような……」
特に嘘を吐く必要もないためディランとトワイトが経緯を話す。嘘は言っていない。何度目かの境遇を話すと、知らなかった者から困惑した声が聞こえてきた。
「そんな。お二人ともまだ若いのに……」
「ワシは二千五百年ほど居ったからのう、目障りだったのかもしれん」
「にせん? ん?」
「いまなんかおかしなこと言わなかった?」
住んでいた期間を口にした瞬間、その場に居た全員が耳を疑う。そこでトワイトが手を口に当ててから笑う。
「まあまあ。そのおかげでこうしてこの土地に来られたのだから良かったじゃありませんか。皆さん良くしてくださってとても助かります。さ、まだお茶はありますよ」
「あ、ああ、そりゃ困っていたらお互い様ってやつだし」
「でも本当にこれ、美味しいわねー。なんだか身体が軽くなってきた気がするわ」
トワイトの言葉で年齢のことを聞きそびれた村人たち。さらに他のお母さんがお茶を褒めたのでそのままおざなりになった。
「ふう、散歩のあとにこの茶が染みるわい」
「もっと寒くなってきたら本当にそうなるなあ」
少し肌寒い中の温かいお茶は身体に染みるといった話をしているとディラン達がやってきた道から大きな荷台を引く馬車がやってきた。
「あ、来たわよ行商人さん! 今日はなにか買おうかしら」
どうやら行商人の馬車のようだった。
だんだんとこちらに近づいてくるのを受け入れるように皆で散開し、広場を開ける。
馬車が広場に到着すると、御者台から癖のある茶髪に眼鏡をかけた長身の男が降りてきた。
「やあやあ、皆さまお揃いで! お久しぶりです」
「おはようさん。あんたのお目当てであるお客さんが来ているぜ」
「おお! 確かに見慣れない方が!」
村人が親指でディラン達を指すと、男は眼鏡に指をかけてから喜びの表情を浮かべた。
「おはよう。ワシはディラン。こっちは妻のトワイトで息子のリヒトじゃ」
「初めまして。ほら、リヒトもご挨拶」
「あー」
「こけー!」
「「「ぴよ!」」」
「これはご丁寧に……! 僕はザミールと言います、初めまして! 見てのとおりケチな商人をやらせてもらっております」
ディラン達の自己紹介に合わせて恭しく礼をするザミール。
そこで早速とばかりにディランが担いで持って来た、カバン以外の荷物を広げた。
「今日は婆さんが腕によりをかけて作った絨毯を持って来たのじゃ。こいつを買ってくれんじゃろうか? なんせワシらにはお金という感覚があまり無くてのう」
「え? ええ、それは構いませんが少し見ても……ひい!?」
「おや、大丈夫ですか?」
「こけ」
絨毯を見た瞬間、ザミールはその場で尻もちをついた。トワイトが手を差し出して立ち上がるのを促すが、ザミールは冷や汗をかきながら絨毯を指さす。
「あの、あれはあなたが作成された、ということですが?」
「ええ、お恥ずかしながら。趣味で編み物とかが好きなんですよ。もし売れたらこの子のミルク代にしようかと♪」
「あーうー♪」
トワイトが笑顔でそう言うと、リヒトも釣られて笑う。
だが、ザミールは真顔で口をへの字にしたまま、眼鏡の位置を直す。
「こ、この絨毯……伝統工芸のような気品さがあります……値をつけるなら最低金貨十枚はくだらない品、ですよ……」
「そんなにか! 凄いのう!」
「作って良かったわ♪」
このザミールの驚きようは他にも理由がありそうだと村人が考えている中、夫婦は大喜びだった。
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