二月二十一日(月)
城島譲は、目を覚ました。
閉じられたカーテンの隙間からは淡い光が差し込んでおり、暗闇に慣れていた目に眩しい。
枕元に置いていた置き時計を手にとって確認すると、既に十三時を周っていた。
(こんなに寝ていたのか・・・)
しかし、その甲斐あってか身体は随分と楽になった。
最悪のタイミングで流行りの病を拗らせてしまい、この五日間部屋で病床に臥していた分、この太陽の温かみを随分と久しぶりに心地良く感じた。
(行きたかったなぁ)
昨夜まで苦しまされていた熱も引き、咳の頻度も激減した。
布団から身体を起こし、両手を広げて深く伸びをした。
(そういえば、新聞が溜まってるな・・・)
起床後はベランダで暖かいコーヒーを啜りながら、朝刊を捲るのがちょっとした日課となっていたが、それもあの流行り病によって、この何日間はそれもできずにいた。
脂汗が滲み切って色の変わったシャツを着替えて洗面台の前で顔を洗うと、ポットの電源を付けて玄関へと向かった。
ドアを開けると、眩しい日差しと共に潮風の香りが鼻腔を突いた。
ドアに取り付けられた郵便受けの中には、他の郵便物に紛れて、束になった新聞がいくつも押し込まれていた。
終いにはもう押し込むこともできなくなったのだろう。何束かの新聞は「四◯四号室」の表札の下に重ねて置かれていた。
それらを小脇に抱えて部屋に戻ると、インスタントコーヒーを注いだカップと煙草を手にベランダへと出た。
簡易式の肘掛椅子に座って、小机にカップと新聞を置きながら、未だに屋根に雪の残る家々の隙間から覗いた日本海を眺めた。
何日か前に猛雪が襲ったとは思えないほどの快晴で、透き通った青空を写した海面が穏やかに揺れている。
カモメの鳴く声と、時折肌を撫でる潮風が病み上がりの身体に心地良い。
(やはり、ここに引っ越してきてよかった・・・)
半年前の引っ越しの際、この賃貸アパートを選んだ一番の理由だった、目の前に広がるこの景色。
陽光を反射して煌めく日本海を眺めながら、今一度実感した。
コーヒーを一口啜り、新聞の山から一枚手にとって目の前に広げた。
(今日の朝刊か)
新聞に目を落としながら、ケースから煙草を一本取り出して火をつけた。
それを吹かしながら流し目で読み進めていた途中、突如視線を右下でとめた。
(え・・・これは・・・)
一度しっかりと座り直すと、新聞を顔に近づけてじっくりと読み進めた。
(嘘だろ・・・)
最後まで読み終えると、再び初めから読み始め・・・そうして何度も繰り返し確認するが、どうやら見間違いではないらしい。
(そんな・・・)
新聞を放り投げると、駆け足で部屋へと戻り、机の引き出しから封筒を取り出した。
既に封の開いている土気色の封筒の中から、何重にも折り畳まれた紙を出して目の前に広げた。
(・・・・どれも一緒だ。やはりこれは・・・)
その招待状に書かれた日付、場所、メンバーは、どれも新聞が取り上げている一件と一致していた。
本来自分も行くはずだった、あの島への旅行。
あんな病に罹っていなければ、自分もその場にいたはずである。
城島は愕然とした面持ちで、その事件が起こったというあの島————目の前に広がる海の向こうにポツンと浮かぶ青藍島を見据えた。
(どうしてなんだ・・・岸辺・・・)
以下、M××新聞二月二十一日(月)朝刊より抜粋
◯県南西部の青藍島で大量殺人か
今月二月十七日から二十日の四日間、青藍島に観光旅行で訪れていた同高校出身の大学生六人の内五人が惨殺されるという悲惨な事件が発生した。死亡したのは、吉田良浩(21)、渡戸美姫(21)、春野裕子(21)帆留歩(20)、巳風悟(19)(敬称略)の五名で、其々が変わり果てた姿となっているのを、昨日二十日(日)漁師から通報を受けた警察が発見した。()()()()()また警察は、これらの連続殺人の容疑者として、五人と共にこの島を訪れていた大学生岸辺実(20)容疑者に事情聴取を行なっている。事件発覚当時、島内の六人が衣食を共にした館の居間にて、岸辺容疑者は薬物を大量に摂取した状態で眠っているところを発見されており、容疑者は一連の犯行を否定している。館内の部屋からは、殺害に使用されたと思われる複数の道具が発見されており、その全てから容疑者の指紋が検出されている。警察は現在これらの事実確認を行うべく容疑者への取り調べを進めている。
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