第6話 第2関門

 トマリンは相変わらず、砂の沼地に苦戦していた。


(くっくそ、どうすれば・・・)


 既に、腰あたりまで砂に浸かってしまっていた。

 出よう出ようと、足で砂を蹴り上げようとすれば、より早く沈んでいってしまう。立っているだけのほうが、沈むのが緩やかであるため、何も出来ないでいた。


 トマリンは周りを見回した。


 元々魔法が使える生徒達は、空中浮遊の魔法で回避したり、氷雪魔法で周囲の砂を凍らせて脱出するなど、各々の魔法で切り抜けていた。


(僕はこんなところで死んでしまうのか・・・)


 グラウンドの謎を知らないトマリンは、徐々に沈んでいく自身の体に死が近づいてくるのを感じていた。

 トマリンは目を瞑り、今までの出来事を走馬灯のように振り返った。

 そうすると、トマリンは勢いよく砂に潜り込んだ。


「ええええ、トマリンーーー!!自殺するなんてぇぇぇぇ」

 イワンがトマリンの奇行を目の当たりにして、大声で泣き叫んだ。


 バシャャャン!!!


 潜り込んだはずのトマリンが宙に舞った。


「やっぱり僕の思った通りだ!!ビックス君が他の子の頭を押して飛んだ時に、明らかに押し込んだ力以上の高さで飛んでいた!!この砂は増幅作用物質で出来ているんだ!」


 泊真一、通称トマリンは王立ヴァルキュリア魔法高等学校の学力テストを満点で入学している。魔法こそ使えないが、頭脳だけはクラスでも指折りである。


「トマリン!君、魔法使えたの!?」

 50mほど離れたイワンがトマリンに驚いた様子で聞いてくる。


「さっきのは魔法じゃないよ!この砂の特殊な性質を利用したんだ!この砂は押した方向に向けて、力を増幅させる性質があるんだよ!」

 トマリンはそう言うと、再度砂に潜り、宙に飛ぶ。



 10種の地獄の第1エリアは、砂の沼地と呼ばれ、這い上がろうと砂を蹴れば蹴るほど深く沈んでいく性質がある。これは、砂を蹴り上げた際の下方向への力を、特殊な砂が数倍に増幅させるためである。

 結果的に、砂から受ける上方向へのよりも、砂を押す下方向へのの方が強くなるため、体が沈む下方向に持ってかれるのであった。

 ビックスが想像以上に高く飛び上がったのも、丸坊主の頭を押した際の、ビックス自身にかかる上への反作用が増幅されたためである。


 砂を押せば、押した方向に体が進む性質をトマリンは利用した。

 潜ったことにより、自身の上部に砂が覆いかぶさる。

 その上部の砂に向け、上方向の力を伝えることにより、砂上方向の力を増幅した結果、身体は高く舞い上がり、砂から脱出した。



 砂に苦戦していた他の生徒達もトマリンとイワンの会話を聞き、同じように実践していった。


「真一、流石だな。だが、目に砂が入りそうだし、俺は砂に潜りたくはないな。仕方がない。」

 一連の流れを見ていたアイオンは呟くと、続けて


「ソーディナンス エル・ブリンガー」


 バチッバチッ(プラズマ、ぶつかり合って生じる音)


 プラズマに覆われた剣が具現化され、それをアイオンは手にすると、宙に浮いた。

 超高電流によるプラズマが周囲の空気と摩擦が起こし、結果的にできた強力な静電気により宙に浮いていた。


 そんなアイオンを横目に、トマリンと他の生徒たちは、砂に潜り、宙に飛ぶという一連の動作を繰り返していた。



 結果、25名中24名が1種目の関門の砂の沼地を走破した。


「はぁはぁはぁ・・・これでまだ一個目か・・・」

 1種目を終えただけで、かなりの疲労感をトマリンは感じていた。


「このペースだと、次も相当大変そうな罠が来るな」

 魔法で突破したとはいえ、アイオンにも疲労感が漂っていた。

 他の生徒も同様に、走破したことに安堵しつつも、残り9つもの関門があることに不安を感じざるを得ずにおり、緊張感に包まれていた。


「よっしゃあ行くぞぉぉぉ」


 最初に走りだしたのは、スキンヘッドの男ビックスであった。

 その逞しい声に続き、他の生徒も一斉に走り出す。


 100mほど走ると、景色がグラウンドから崖に変わっていた。


「どうやら・・・100mごとに罠があるようですね。インターバル走とでもいうところでしょうか。」

 眼鏡インテリのデューダが語る。


 トマリンが身を乗り出して、崖から下を覗いても、何も見えないほど暗くなっている。落ちれば、まず命はない深さだった。


「トマリン!危ない!」

 イワンがそう言うと、トマリンの服を掴んで手前に引き寄せて、崖から遠ざけた。

 トマリンが顔を上げると、空から崖底に向けて大小無数の岩が落ちてきていた。


「ななな、何だこれは!?」

 トマリンは驚きながら、腰を抜かした。

 一歩間違えば、大岩が自分に直撃していたと思うと、恐怖で冷や汗も出た。


「これは、簡単だな」

 アイオンはそう言って、空を見上げ、崖から飛んだ。


 落ちてくる岩を、足場にし、飛び移る。これを繰り返しながら前に進んでいった。


 その様子をみて、他数名の生徒も次から次へと、アイオン同様に岩を飛び移りながら前に進んでいった。

 その光景を目の当たりにしたトマリンは、自身と他の生徒との身体能力の差を痛感せざるを得なかった。


(僕にはアイオン君達のような、どの岩でも飛び移れるような身体能力はない・・・落ちてくる岩のサイズと向きと位置をすべて把握しながら、飛び移っていくしかない!)


 トマリンは覚悟を決めた。

 そして、落ちてくる岩を凝視した。


(あの岩はサイズは問題ないが、角度が悪く、飛び乗ることは出来ない。この岩は飛び乗るには問題はないが、次に飛び乗れる岩がない。)

(いや、このルートでもだめだ、こっちのルートならどうだ?ん、あれ?この岩見た覚えが・・・)


「まさか!」


 トマリンは気づいた。

 落ちてくる岩の形状は数十種類であるが、それがランダムに落ちてきていたのだ。


 トマリンだけでなく、眼鏡インテリのデューダもこの落下する岩の謎には気づいていた。

 しかし、ランダムに落ちてくる岩のパターンに対して、1人で飛びながら把握することが不可能に近いと判断し、動き出せずにいた。


「デューダ君、君も気付いているんだろう?」

「僕が気付いてない訳がないだろう?この岩の種類は恐らく83種類。しかし、その組み合わせはランダムに近い。

恐らく、岩の創成魔法を反復発動させる魔法陣が刻まれているな。創成魔法の関係上、岩の生成までをランダムにすることは出来なかったようだが」

「僕も同意見だ。そして飛びながら、1人で岩のパターンを把握するのは不可能だと思う」

 デューダは、トマリンの考察が自分と同じであることに驚いた。


「なるほど、僕と協力しようとして声を掛けたわけですか。僕も君と同じで、誰かとの協力なしでは、クリア出来ないと考えていたところでしたよ」

「ありがとう。ただ、君とだけじゃない。ここに残った全員で協力する。その方が、一人一人の負担が減る」

 トマリンの言葉を聞き、デューダは苛立ちを隠せずに、返答する。


「全員で?君と僕だけで十分可能な量だろう?なぜ他の奴等までクリアさせてあげる義理があるのかが、甚だ疑問ですね」

「折角同じクラスになったんだし、僕は全員で協力してクリアしていきたい。ただそれだけだ」

「泊君、君は心底甘いんだな。僕は無能な人間が嫌いなんだ。他の連中が僕たちに何かしてくれたかい?何もないだろ?そんな連中に貸しを作っても、無意味なだけさ」

 デューダが心無いセリフを放った。


 パァァン!(トマリンがデューダを殴る音)


 トマリンは人生で初めて人を殴った。頭で考えるよりも先に体が動いていた。


「これから、一緒に頑張っていくことになる仲間達だろ?貸しとか、義理とか、そんなの関係ないじゃないか!」

 激昂したトマリンに対し、流石のデューダも言い返すことは出来なかった。

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