第5話 変化点

 クラスメートが続々と走り出す中、僕たちは立ち止まり様子を見ていた。

 30秒程度は様子を見たが、特に変わったこと起きなかった。


「特に問題があるようには見えないな・・・」

「そっそうですね!!な、なっなーんにも問題はなさそうですっ!」

 トマリンが上ずった声で、黒髪の長身美女に返答をする。


「君、今日の朝からずっとそわそわしているが、どこか体調でも悪いのか?」

 そう言うと、長身美女は僕の額に手を当てようとしてくる。


「あ、いや、その何でもないですっ!!お、お姉さんこそ走らなくて、だだだ大丈夫ですか?」

 あまりの恥ずかしさに、赤面しながら手から逃れてしまったのに加え、緊張のあまり上手く喋ることができない。

 コミュ症レベルだけで言えば、上級魔獣のヒースドラゴンは優に超えている。


「凄く顔が赤いぞ?高熱でもあるんじゃないのか・・・?

あと私はお姉さんではなく、”ライラ・ハーヴィック”だ。同い年にお姉さんと言われるのは何か嫌だから、ライラとでも呼んでくれ」

「わっかりましたぁぁぁ!!僕の名前はトマリンでぇぇぇす!!!」

 僕は恥ずかしさを隠すために、マラソンにも関わらず全力疾走でスタートした。


「マラソンにも関わらずあのスピード!?彼の能力はもしや・・・身体能力向上系のエンハンス系能力か?

いや、それにしては彼の肉体にさしたる変化は見られない。本来、エンハンス系能力を使えば、筋肉が見てわかるほど盛り上がるはず・・・

それを加味すると彼の能力は創成魔法か!彼は運動魔靴である”魔瞬足”を創成したのか!」

 相変わらず、眼鏡インテリのデューダが考察を開始していた。



「なっなんだこれはっ!?」


 全力疾走で駆け抜けた後、100mを過ぎたあたりから、トマリンはグラウンドの異変に気づく。


「どんどん、足が埋もれてる!?」


 辺りを見回すと、他の生徒達も同様に、地面に足を取られているようだった。

 先ほど、スタート前に見ていた光景とは全てが違っていた。


「おいおいおい、なんだこれは!?まるで底なし沼じゃねーかよ!」

 丸坊主の男子生徒が叫ぶ。


「確かに、地面を蹴って上がろうとしても、泥濘のせいで逆に沈んでしまうか・・・」

 スキンヘッドの男はそう呟くと、続けて


「だったら、こうするより他ねぇよなぁ!?」

「なっなにをする!?おい、よしてくれ!」


 驚く丸坊主の男子生徒を、一切意に返さずスキンヘッドの男は、丸坊主の頭を鷲掴みにした。

 そのまま頭を手で押し下げ、反動で高く飛び上がった。

 頭を押し下げられた丸坊主の男性生徒は、当然の如く、砂の沼地に沈んでいく。


(なんて酷い奴なんだ・・・)

 トマリンはスキンヘッドの男に対して、そう思った。


 飛び上がったスキンヘッドの男は、空中で声を発する。


「ソーディナンス! デーモンイーター!!」


 男の右手付近から紫色の光を発すると同時に、柄には骸骨の紋章が入った禍々しい大剣が具現化された。

 スキンヘッドの男は大剣を地面に向けて、斜めに下方向へ放り投げると、剣背の部分に飛び乗った。


「ひゃっほぉうーー!!」


 剣をまるでサーフボードのようにしていた。

 大剣の柄の部分に足をかけ、上手いおと剣先の角度を上向きにしたり調整しながら先へ先へと進んでいった



(ふっ、あのビックス・グライハッツとかいうハゲ・・・中々やるな)

 空調の聞いた部屋の中から、生徒達を見ていたウィルバットはそう感じた。


(昨日初めて見たときは、センスの欠片も感じなかったが、咄嗟の判断力と応用力、そして何よりも自身のためなら躊躇いなく他人を利用するような傲慢さ。

ビックスの魔導士としての適性はかなり高いな)

 スキンヘッドの男、ビックスを見直していたウィルバットに対し、リツコが話しかけてきた。


「ウィルバット先生、沈んだ生徒は良いんですか?彼の一命を取り留めたほうが・・・」

「あ、そうか!リツコちゃんは今年が初めてだったね。このグラウンドで人が死ぬことはないよ」

「え、でもスタートの前に今まで死者がでたとか言ってませんでしたか・・・?」

「あれは、生徒を脅すための嘘さ。このグラウンドの下には転異空間が広がっていて、転移先は保険室に繋がるようになっている。彼は今頃保健室でヒーリングを受けている頃だろうね。」

「なるほど、ではなぜ、ウィル先生はあのような嘘をつかれたんですか?」

「理由は単純さ。そうでもしないと彼らは本気でやってくれないからね。

元を正せば、10種の地獄は、学生のトレーニング用の施設として作られている。様々な地形での戦闘を想定し、10種類の異なった環境下でトレーニングをすることを目的に考案されたんだ。

今では、トレーニング用として使われることは無くなったんだけどね」

「今では?何か変わったんですか?」

「いいや、グラウンド自体に変わりはないよ。変わったのは学生のほうだ」

 ウィルバットの返答に対して、リツコの顔には?マークが浮かんでいた。


「従来、ここ対魔獣専門学部は選りすぐりのエリートが集う学部だった・・・

そうしたエリートを養成する施設のうちの1つがあの10種の地獄というわけだ。

しかし、今では対魔獣特化魔導士自体の必要性が落ちたと同時に、人気の学部というわけでは無くなっていった。

それに比例して、入学してくる生徒の質も落ちていった。結果として、10種の地獄は生徒の質を見極めるだけの施設になっていった。」

「魔導士の必要性の低下は、魔導士で無くても、魔獣討伐が出来るようになったからですよね?」

「流石は俺が副担任に指名しただけはあって、察しはいいね」


 リツコは上から目線のウィルバットに対して、苛立ちから顔を歪ませた。

 続けてウィルバットが口を開く。


「科学の進歩と共に、現代兵器も進化していった。魔法が使えない一般人でも魔獣を簡単に討伐できるようになってきてしまった結果、俺達みたい対魔獣特化魔導士の価値なんてのははダダ下がる一方だ。

それに伴い、対魔獣を生業にしようと考える学生も減少し、ここ対魔獣専門学部も、書けば誰でも入れるくらいの志願者数になってしまったんだ。泊真一のように魔力を持たないような人間でも・・・ね。

対魔獣特化魔導士の在り方は変わっていった結果、別の問題も出てきた」

「例えば・・・」


 ガチャ


 ウィルバットが話し終える前に、齢60過ぎの口髭を生やしたマント姿の男が部屋に入ってきた。


「これは、これはモーガンズ学部長ではないですか」

 ウィルバットが話しかける。


「紅茶かコーヒーどちらに致しますか?」

 仕事の出来る女であるリツコは、気を利かせてモーガンズと呼ばれた男に聞いた。


「いやいや、お気遣い結構結構、ここに腰を下ろしても大丈夫かね?」

「どうぞ、お掛けになってください」



 このモーガンズと呼ばれた男は王立ヴァルキュリア高等学校の対魔道関連の全般における学部長を務めており、ウィルバットとリツコからすれば直属の上席にあたる人物である。



「わざわざ、学部長自らお越しにならなくても、呼んで頂ければこちらからお出向きしましたのに」

 ウィルバットがモーガンズに語り掛けた。


「いやぁ、対魔獣の子達が10種の地獄をやっとると聞いて、居ても経ってもおられんくなってのぉ」

「なるほど、そういう訳でしたか。ハハハ。今年の生徒は中々に粒ぞろいですよ」

 同意書を即座に提出した人数や、アイオンやビックスの存在から、ウィルバットは今年の生徒の能力をかっていた。


「おおお!そうかそうか!それは誠に嬉しきことじゃのぉ」

 そういうと、モーガンズの表情は急に一変した。



「今年の入学生の中にに1人裏切者がおる」

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