第16話 冷えた記憶と違和感

 普段掃除をしないが、床をぞうきんで拭きたくなった。一通り片づけ終わった。

何か飲み物をこぼしたわけじゃない。誰もいない部屋。何となく、綺麗にしたくなった。フローリングの床が夏だというのに、なぜか冷たい。

空翔の心と同じみたいだ。外は猛暑でものすごく暑いのにエアコンと扇風機の風がもろに当たるからだろうか。額には汗をかいている。

暑いのにどうして寒いんだろう。1人でいることがこんなにむなしいって知らなかった。数年前に1人暮らしをしたときは感じなかった思いが溢れ出て来た。この部屋での夏楓との沢山の記憶を思い出すが誰もいない静かな部屋を見て、存在感が大きいんだと改めて感じる。初めて一緒に買いに行った風鈴が虚しく鳴り響く。


 椅子に座り、丸い茶色のテーブルの上、左腕を伸ばして枕のようにして、リビングを見た。夏颯の動きを想像する。スマホの充電器を探しながらウロウロしてたその瞬間、何気ないその姿でさえも見れないのが、今では悲しかった。




◇◇◇


-夏楓sideー


交際して3年目。両親に相談して、結婚を前提として同棲することが決まった。ほとんど、空翔の指示に従った感じだった。お互いの部屋の行き来も電車賃もかかるし、家賃ももったいないという金銭的な悩みを解消するためでもあった。引っ越しの準備も手際よく、自分のことだけじゃなく、夏楓の分も一緒に整えてくれた。流れはすべて空翔の方。なんとなく、文句を言えない空気があまり好きじゃなかった。相談もしにくい。嫌いではなかった。仕方ない空翔の就職先が決まったと同時に引っ越しだったというのもある。忙しすぎた。空翔は大学卒業してしまったため、日中会う時間も減り、お互いに何をしているかなんて干渉することなく、本当に交際してるのか疑問を感じて来た。同棲を開始したばかりなのに、何だかもやもやした空気だった。忙しさゆえ、空翔はきっと私を見てなかった。身の回りのことのやることが多くて、そっちにフォーカスしていたんだと思う。恋愛じゃなく家族になった感覚だ。

それでも、いつも何も言わず家事をしてくれてありがたかった。


 もっと我儘言えば良かったかなと後悔した。母親みたいな彼にどう接してするべきか。求めるものが違うんじゃないかと思った。夏楓は彼女では無かったかもしれないといつも感じてた。


 もうこれでいいんだと言い聞かせた。何事もない日常を送ることで手一杯だった。


 夏楓は孝俊と同じ目線で話せた。犬か猫かと聞いた時に同じ犬が好きだった時が夏楓の顔が物凄く緩くなったのを覚えている。お互いに気を遣わずに話せることで安心した。一緒のバイトで教え合ったり、休憩時間に上司の愚痴を言い合うのが日課だった。割とリラックスして話していた。友達以上の関係になるにはそんなに時間はかからなかった。バイト終わりに孝俊の家に遊びに行ったこともある。空翔が残業で遅くなると連絡があった日だ。1人でご飯を食べるのもと思った夏楓は、孝俊にご飯を作ってあげていた。普段料理を作れないのを孝俊で発散していた。


 もう、夏楓は空翔の前で料理をすることは緊張してできなくなった。何をどう評価されるかわからないからだ。辛口評価になるんじゃないかという恐れがあった。

 

 ことなおさら、料理だけではなく、空翔と一緒に住んだ瞬間には緊張しすぎて空翔が親みたいに感じてしまう。彼氏は親じゃないと気づいた時には心が離れていた。

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