第7話 素直にコーヒーが好きと言える空間
テニスサークルの飲み会だと空翔に嘘をついて、空翔の高校の同級生の孝俊と会っていた。スマホを家に忘れた日のことだった。待ち合わせ場所は駅前のコーヒー専門店。皮肉にも空翔と行こうとして断ったところだ。夏楓は、本当は行きたかったところだった。コーヒーを好きだということを知っている孝俊を誘って行ってみることにした。少しでも空翔と一緒にいる時間を少なくしたかったという思いもある。嫌だとはっきり言えなくなっていた。何が嫌なのかも分からなくなっていた。
「夏楓ってコーヒー好きなんでしょ?」
待ち合わせ場所で落ち合ってすぐにコーヒー専門店のメニューを見ながら孝俊が言う。
「そう、昔からだよ。やっぱり、コーヒーなら、モカが1番好きかな」
「そーなんだ。俺は甘いのじゃないとダメだからカフェオレならいけるけど……」
「素直でいいよね」
夏楓は含みを持たせて話していた。
「え、なんで? 好みあるでしょう。飲み物だって」
「うん、まぁ、そうんだけどさ」
「え? 何それ。ウケるんだけど」
孝俊は夏楓の言葉に不思議に思い、笑いが止まらなくなる。何ともないところで笑う孝俊の笑いのツボが分からなくなっている。
お店で何も気にすることなく、好きな物を注文できる幸せをかみしめていた。どうしてそんな状況になってしまったのか自分でもわからない夏楓だ。
「あのさ、夏楓。俺、フリーターのままなんだけど、本当に大丈夫?」
「え? だって、一緒のバイト先のことでしょ? 頑張れば社員になれるし、気にしてないよ。なんでそんなに就職することにこだわってるの?」
「いやぁ、だって安定してる方がいいって思うかなとか。親の受け売りでさ、就職しろってうるさくて」
「世間体とか気にしてる? 元気で好きなことして働いているなら、なんだっていいじゃん。周りの意見聞きすぎだよ。孝俊は」
孝俊は夏楓の言葉にハッとした。予想外の言葉だ。何を思って就職というのか正解というのか迷走していた。大学卒業して、3年。宙ぶらりんのままやり過ごしてきた。フリーターとみなに宣言するが、それがだんだん辛くなってくる。安定した職についた友人は結婚や家族を持ち始めてることに焦りを感じた。夏楓とは、一緒のバイト先のカフェで知り合って、友達以上恋人未満の関係だ。未だ住んでいるところを教えてくれない。今日こそは考えていたが、なぜか大事なスマホを忘れたという。なかなか一歩を踏み出すのは難しい。
「私も大学通いながら、バイトしているけど、カフェの道に進もうかなって考えてた。バイトが仕事になるなんて思いもしなかったけどさ」
メニューを広げて、スイーツはどれにしようかと考えた。コーヒー専門店だが、高級なチョコレートのケーキまであった。
「そうなんだ。俺も、それいいかなって考えてたりする。ケーキも頼むの? おいしそうだね」
「うん。ねぇ、見て、これ。高級なコーヒーも置いているよ。コピ・ルアック。ジャコウネコのフンから取れるものだよ。うわ、1杯1万円もする?!」
「うそ、そんなに高いコーヒーもあるんだ。ネコのフンって……ちょっといくら高くても頼まないかな」
「私、挑戦してみようかな」
「マジか。一口もらってもいい?」
「うん」
孝俊と夏楓は初めて見る高級なインドネシア産のコピ・ルアックコーヒーに興奮を覚える。飲んでみるとまろやかで芳醇の奥深い香りが特徴でだった。贅沢すぎて、しばらくは飲まなくてもいいなと納得させる。どうしてもジャコウネコのフンのことを想像すると嫌になりそうだ。
「いい経験になったよ。高いから飲む機会もないし……あれ、今日っておごってくれるんだよね」
「あ、まぁ、いいけど。さりげなくてうまいね」
「……ごちそうさまです」
手を合わせて孝俊にウィンクする夏楓だった。毒がない彼女にハマりそうな孝俊だ。
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