第2話 黒色の中学時代

 1週間前――……。


 朝の空気は、んでいた。

 春を象徴しょうちょうする、桜の花びらの数々が、地面に散乱する。

 新高校一年生である俺は今、校門につながる一本道の上を、一歩一歩、歩いていた。


(ようやくだ。ようやく、この時が来た。俺の人生の分岐ぶんきポイント。黒い中学時代の記憶を、最高の思い出で上乗うわのせするべく、心の準備を整えてきた長期ちょうき春休はるやすみをえ、ついにまくけるのだ。俺の、高校生ライフの始まりが――)


 気分は、上昇していた。

 明るい未来像みらいぞうが、いやでも脳裏のうりえがかれてしまう。

 俺の脳内で生成せいせいされる、理想の将来イメージは、充実じゅうじつした生活を日常とすることだった。


(友人をたくさん作り……)


(休日には、そんな友達と遊びに没頭ぼっとうしたり、勉学にはげんだりして……)


(あわよくば普通の女子と、おいを始めたりも、してみたいものだ)


「…………」


 いや。

 俺だって、理解できている。


 そんな想像だけで書き出された日々を、現実化げんじつかすることなど、容易よういではない。

 難易度は、高いだろう。

 しかし俺は、その空想上くうそうじょうの毎日を、たりまえの毎日に変換へんかんできるよう、晴々はればれしい高校デビューをかざると、心に決めていた。


(そう。俺はもう、中学の頃と同じ失敗は、かえさないのだ)


(片目に手のひらをえて、痛覚つうかくおそわれる演技をするなんてことは、二度としない)


貴重きちょうなお小遣こづかいを使って、赤色のカラーコンタクトを買ったはずが、実際に購入していたのはブラックけいのカラコンだったというオチが待っていて、鏡にうつる自分に向かって――いつもの俺と同じじゃねーか!! ――なんてツッコミを入れるような悲劇ひげきも、二度と起こさない)


(体力テストの結果が、学年最下位であったという現実を前に――俺はまだ2%の力しか解放していないからな――とか、痛い発言を堂々とする行為も、二度と繰り返さないのだ!)


 ――これからの3年間、俺は順当じゅんとうな学生生活を送ってやる。


 そんな思いを胸に、俺は校門を通過つうかした。

 まだ、彼女の存在は知らないまま……。

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