傷つき、染みる痛みにも構わず、垂れては滴る血を洗い流していく。息は荒れ、一度は座り込んでしまったものの、これからを考え、なんとか踏ん張って立ち上がる。

 目の前に、鏡。忌々しく映り込んだ、自らの姿にすら殺気を覚え、その反射物めがけ、拳を激しく、繰り返し打ちつけ、割り砕いていく。


 多く出来上がったひびに遮られ、自らの顔が見えにくくなる。不意に後ろで、ふらつきながら蠢く影。瞬間、首根っこを強く掴まれ、浴槽の真下へ、全身を叩きつけられた。


 同時に感じた、これまで浴びたことのない、刺されるほどの熱さ。つい先ほどまで浴びていたシャワーの温度が、耐えられないほどの灼熱へと変わっている。大男がわざと、ボイラーの温度を上げたのだ。


 先ほど顔面を包丁で繰り返し八つ裂きにし、トドメに心臓めがけ、同じ包丁を奥深く突き立てて亡き者にしたはず。顔は血まみれ、体には包丁が刺さったままの大男。

 痛み。熱さ。そして首を潰すようにして締めつけられる。目の前に、死が、近づいてくる。



 何度目かの、生々しい悪夢から目をさます。


 殺しの場数を数多く踏むことで、自らのなかの死への恐怖も、上手く飼い慣らしてきた。

 なのに、たったひとつの遠い記憶によって恐怖を脚色され、作り上げられた悪夢。


 それが彼を、すっかり慣れたはずの恐怖の沼へと再び引きずりこみ、彼の鼓動を激しくさせた。


 再び見るようになってしまった悪夢。

 どっかのクソガキが、彼の忌まわしい過去を新聞という紙切れから、彼のとっくに葬った本当の名前とともに、掘り起こしたせいで……。


 違う。わかっている。

 本当に悪いのは。



 携帯の小さな画面越し。

 そこに写る自らの過去が、彼から冷静さも理性も、すべてを奪った。


 金で雇った人間の手でやらせたことでも。

 他人の家に火を放つことは、殺人と同罪。


 殺し屋の仕事としてでなく。

 彼は百パーセントの私情で、殺人を犯したのだ。


 その代償として、彼はこれから毎晩。


 この悪夢に、一生心をさらされ続けることになった。


 そしてまた今夜も。


 どんなことをしても消えることのない記憶と同様。

 悪夢のなかの男は、何度だって化物の如く、蘇るのだ。


 とう、冬吾、と。

 忌々しい自らと同じ名を。彼に囁きながら。

 そして繰り返し繰り返し、囁いてくるのだ。


 お前の体の中には、俺の血が、色濃く流れている。そのツラも、この肉体も、俺、そのものだ。

 だからお前は俺を絶対、忘れられない。たとえ俺が死んでも、お前はこの俺から、一生、逃げられない。

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