Ⅸ
もはや誘拐と大差ない荒っぽさで、上川の車へと押し込まれる。車は即座に発進し、警察に止められるのではないかというくらいのこれまた荒々しい運転。
着いたのは、氷柱の住むアパートだった。
「降りろ!」
抵抗したところで、こんな怪物めいて殺気だった大男に歯向かう度胸など、いくら氷柱にだって、ない。
上川に無理矢理引っ張られる形で階段を昇る。
ドアの前。上川がこの瞬間だけ穏やかになり、チャイムと軽いノック。
「俺だ」
輝がなにも知らぬ様子でドアを開けた。瞬間、上川が輝の腹をおもいきり蹴飛ばした。輝が瞬く間に部屋の奥へと飛び、そのまま壁に激突する。
そこからはもう、上川の鋭い蹴りの応酬だった。輝は訳もわからず、だが抵抗もせずにひたすら蹴られ続ける。
上川の猛攻は止まず、今度は輝の顔を繰り返し殴りにかかる。このまま殴り殺すつもりなのではないかと恐ろしくなった。
「やめて!」
気づけば彼より前に出ていて、人格を交代していた。途端に涙があふれてくる。
「やめて父さん……やめて……」
もうどちらに対して言っているのかわからなかった。
ふと、上川の動きが止まった。はたと、氷柱を見つめ、
「誰だお前」
と、呆気にとられたように言った。その隙に輝が、上川から距離をとる。言われている意味がわからず、氷柱もまた呆然としていた。誰だ、とはどういう意味か。
「さっきとずいぶん顔つきが別人みたいに変わってるが」
言われて気づく。日頃上川と接していたのは彼であった。
一体なんと言ったらいいかわからなかった。まさか二重人格なんですと説明して、果たして信じてもらえるかどうか。
「なんなんですか、一体」
荒く息をしつつ輝が話題を逸らそうとする。上川は再び殺気の帯びた目になり、
「あの日の夜と一緒だ。余計な詮索して人のなかに土足で踏み込んできやがって」
それで輝は全てを察したようだった。氷柱のなかの彼が余計な探りをいれたせいで、輝がまた意味もなく傷つくことになってしまった。
「なにやってるんですか……」
「ごめん」
やはり彼のことはきちんと、止めるべきだった。
「君じゃないです」
言いつつ、床を這いながらも氷柱の前へ立ちふさがり、上川から氷柱をかばうようにして、上川の方に視線をやる。
「なんの関係もない他人の家に、あんなことして……あなたでしょう。鈴木さんのお宅に、放火したのは。自分のハザマトウゴとしての過去の証拠を完全に消し去るために……」
すぐさま、上川が輝の首を掴み、締め上げる。氷柱が慌ててその間に割って入ろうとするが、上手くいかない。
「あの夜も、言ったでしょう。たとえあの写真が、火に燃えて、消え去っても、ここで、僕や氷柱を、殺しても、あなたがハザマトウゴである、という、過去、からは、逃げられないって……」
上川の手が、少しずつ、震え始めていた。上川の目が、今までで一番どす黒いものへと変わる。
輝の手が、寸前の上川のサングラスに伸びていく。ゆっくりと外された上川の、力強い眼力。こう間近で見るとますます、あの狭間東護に、よく似ていた。
悲しいくらいに。
「お願い、です。どうか自らの過去に、周りを、巻き込まないで、下さい、テルさん……ハザマ、トウゴさん」
サングラスを輝の手からひったくり、輝を氷柱の元へと突き飛ばして立ち上がる。回れ右をしてこちらに向けた肩や背中が、上下に動く。
少し離れた場所からでも聞こえてくる、荒い息遣い。彼とともに新聞記事を目で追っていった、父と子が殺し合ったであろう現場。その時の光景が何十年の時を経て、フラッシュバックしているのだろうか。
後ろ姿でもわかる適度な筋肉で引き締められた肉体。だがひどく、弱々しく感じられた。
鋭い舌打ちを残して、上川はアパートを出ていった。
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