Ⅷ
『うちの家が、火事になりました……放火かも、しれないって』
『あなたじゃ、ないですよね、
鈴木父の口ぶりからして、ハザマトウゴとは恐らく、あの男の名前。彼の知る限り、鈴木父はごく普通の一般の人間だ。そんな奴が知っている名前なのだから、少なくとも裏側関係の通り名とかコードネームとかではない。ということは。
『ハザマトウゴ』が、あの男の、本当の名前?
あの男の本名が、鈴木家火事の原因?
そんな理由で放火など。だから彼は学校が終わり次第、近所の図書館へと足を踏み入れていた。
他人の家を燃やし尽くしてまであの男が守ろうとしている真実を、ただ知りたくて。
『……でも、いいのかな。本人が隠し通そうとしていることを隠れて探ったりするなんて』
俺のなかのあいつが弱々しくつぶやく。
『いいんだよ。俺たちは、お前は、あの男の実の息子なんだから、父親の本当の姿を知る権利くらいあんだろ』
輝より、少なくともひとまわりかふたまわり以上は歳が離れている上川が中学から高校入学辺りの歳の頃だとすると、今から三十年。下手をすれば四十年前の出来事か。その年代で、あいつの本名らしき名前の、ハザマトウゴ。その名前の人物が関与している事件を、新聞を開いて片っ端から調べた。あの男が本名を捨ててまで忘れたい過去なのだとしたら、恐らくは殺人事件か。
そして、該当する新聞記事を見つけた。この事件が本当にあの男が関わったものと同一なのかは決して断定できるわけではないが、恐らく。
氷柱が予想していた通り、殺人事件だった。しかも家庭内での。
事件があったのは、とあるアパートの一室。被害者の名前が、
特に遺体の損傷が酷かったのが、被害者の顔だった。どうやら鋭利な刃物で、顔面をこれでもかというくらいにズタズタに切り裂かれたようである。そしてその刃物は、被害者の心臓の部分に奥深くまで、刃の部分が見えなくなるまで、限界にまで突き立てられていた。その文章だけで語られる状況だけでも、この狭間東護とやらへの並々ならぬ憎しみと殺意が感じとれた。よっぽど、醜悪な人間だったのだろう。
その狭間東護の写真も載っていた。白黒なのではっきりとはわからないが、今の上川とよく似た顔立ち。嫌、むしろまるで双子かと見間違うくらいに、そっくりだった。
そしてこの事件以来、彼のひとり息子である当時十六歳の少年の行方がわかっていないとあった。さすがにその息子の名前までは、書かれていなかったが。
新聞をあった所定の場所へとしまい、腕を下ろした瞬間。
その腕を捻られ、音もなく床に押しつけられていた。痛みに顔を歪めながら、頭上に目をやる。背筋が、一瞬して凍る程の、日頃教室で決して見たことのない、冷たい、という表現だけでは事足りない。もはや殺意しか感じさせない。人間とすら思えない、薄いレンズ、サングラス越しの目。
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