天才、かくあるべし
印田文明
天才、かくあるべし
土日は人でごった返すショッピングモールも、平日の夜となると閑散としている。
今朝方から大雨が降っていることもあり、広いフードコートは数えられる程しか人がおらず、テスト期間の勉強をするにはピッタリだ。
「飽きた」
4人がけのテーブルの斜向かいに座る関内が、早くも日本史の勉強に音を上げた。俺たちがこの席に腰掛けて、やっと20分が経過した頃だ。
「……せめて1時間はやってから言ってくれ」
「だってさ、日本史の面白くなさったらないよ。淡々と知識を詰め込むだけだなんて、この聡明な頭脳の無駄遣いだ」
関内のことをよく知らない人間が聞いたら目くじらを立てそうな発言だが、幼稚園の頃から連んできた俺は「確かにな」と思うだけだ。
関内は約200名いる同学年のうち、定期テストでは毎回100位を前後する天才である。
これは嫌味ではない。関内の頭の良さを測るのに、定期テストというシステムが適していないのだ。
「絢辻、こういった学校の勉強みたいなくだらないことは君に任せるよ。今後の人生においてわからないことがあったら聞くから、代わりに勉強しといてくれ」
「人生ときたか。そいつは光栄なことだ」
実際、俺は勉強が苦手ではない。それが関内のためになるというのなら、年号でも将軍でも、いくらでも覚えてやろうじゃないか。
「・・・いいかい。ここでアイスを食べて待っているんだ。君のお母さんを呼んでくるからね」
隣の席に、父親と思しき男性が、3歳ぐらいの子供を座らせて、そそくさとどこかに向かった。子供は抱えるように持っていた女性物の派手な傘と、子供用の黄色い傘を空いている椅子に乱雑に置く。
子供は言われた通り、大人しくアイスを突き始めた。
完全に勉強への興味を失った関内はちびちびアイスを食べる子供を横目で眺めている。
「・・・おかしいな」
意味ありげにつぶやく関内をよそに、『新嘗祭』の部分にマーカーが引かれた教科書を見て、確か江戸時代辺りに誰かが復活させたイベントだったような、と思い出し、ペラペラと教科書をめくる。
「おかしなことなんてないさ。俺らみたいな若輩者には分からないかもしれないが、育児っていうのは大変なんだ。多少の自由時間欲しさに、子供を1人にして、アイスを買い与える親がいてもなんら不自然はない」
そうか、復活させたのは綱吉か。ふと湧いた問いが解消され、開放感と共に関内に目をやる。
関内は顎に手をやり、わかりやすく何かを考えているポーズをとっている。
これも、関内を知らない人間からすると、わざとらしく見えるかもしれない。でも長い付き合いの俺は知っていた。
関内がこのポーズをするときは、本当に、重要な事柄について考えているときだ。
僕は慌てて教科書とノートを閉じ、思考を終えた関内の第一声を待った。
「まず、さっきの男はあの子の父親ではない」
そう一言だけ言うと、関内はまた思考の旅を始めた。
この状態の関内は、俺に詳しく説明してくれたりなどしない。曰く、「考えたらわかることなんだから考えろ。」
再度日本史のノートを開き、記憶を辿って先ほどの男の発言を文字に起こしてみる。
『ここで』
『アイスを食べて』
『待っていろ』
『君のお母さんを』
『呼んでくる』
「君の・・・?」
思考を終えたのであろう関内が、俺を一瞥して頷く。
「加えて言うなら、子供が持つ傘、派手な方は母親のものだろう。しかし、男は傘を持っていなかった」
今日の雨は朝から降り続いている。傘を持っていない、ということは、おそらくこのショッピングモールに男は車で来ているのだ。
父とこのショッピングモールで待ち合わせをしていて、母子だけは徒歩でやってきた、と考えられなくはないが、あの男が子供の親ではないことを説明する材料としては効力があるように思えた。
おもむろに関内は立ち上がり、アイスを食べ終えてソワソワし始めている子供に声をかけた。
「少年、このアイスを買ってくれたのは、知っている男か?」
急に話しかけられた子供は、驚いた様子を見せながらも、しっかりと首を横に振った。
「絢辻! これは『誘拐』だ! 至急警察を呼べ!」
珍しく気迫のこもった声で指示され、俺はスマホで110を呼び出した。
子供がこの場にいるのだから、最悪の事態は避けられているはずだ。なのに関内は、いまだ焦りを見せていた。
何だ? 関内には何が見えている?
子供が自分のものと一緒に持っている派手な女物の傘。
きっとこれがなにかなんだろう。
自分の考えがまとまる前に、電話から声が聞こえる。簡潔に状況を伝えつつ、子供を抱えて走り出した関内を必死に追いかけた。
@@@@@@@@@@
『先ほど、あなたがトイレに入る前にお子さんに傘を預けていたのをお見かけしたのですが。そのお子さんがガラの悪そうな男に手を引かれて行きまして。もし旦那様だったら大変失礼だと思いつつ、これはもしやと思い、あなたを待っていたのです』
『男とお子さんは、立体駐車場の方へ行きました。いやなに、お母様だけでは心配でしょう。乗りかかった船、私も一緒に向かいます。一緒にお子さんを探しましょう』
『おや、あの車に、男と子供が乗り込んだような。急いで見に行きましょう』
まんまとパニックに陥った若妻を自分の車の近くまで誘い込んだ。
焦りからか、髪の張り付くほどに汗ばんだ白いうなじに、スタンガンを押し付ける。バリバリというスタンガン特有の音は、コンクリートが雨を弾く音でかき消された。
後部座席の扉を開け、若妻を頭から車に突っ込む。入念な下調べで、ここが監視カメラの死角になることはわかっていた。特段焦ることもなく、結束バンドで手足を縛り、起きて騒がれてもいいように、タオルで猿ぐつわをした。
「そこまでだ!」
心臓が掴まれたような感覚がした。
声を方に目をやると、目が煌々と輝く男子高校生が立っていた。遅れて、別の男子高校生が、ガキの手を引いてこちらに向かってくる。先ほどの声に反応して、数名とはいえ客がこちらを訝しげに見ている。
ここまでだ。抵抗する気はない。
この精悍そうな少年たちも、これからの数年で何かが狂い、私と同じようなことをしでかすかもしれない。
そんな未来に期待を抱きつつ、私は降参の意味を込めて両手を上げた。
@@@@@@@@@@
数日後、警察から届いたという感謝状は、全校集会の壇上で手渡された。不服なのは、関内が「目立ちたくない」の一点張りで、この無駄に目立つイベントを俺に押し付けたことだ。
あの現場に疑問を抱いたのも。
あれが母親を狙った誘拐事件だと気付いたのも。
犯人を最初に見つけたのも。
全部関内だというのに。
壇上から降りる際、全くと言っていいほど気持ちのこもっていない全校生徒のまばらな拍手を浴びながら、関内への一抹の殺意を押し殺した。
関内は天才だと、俺は思う。
もっとそれを誇示し、称賛され、賞賛されるべきなのだ。
それこそが、それだけが、「持たざるもの」への、せめてもの慰みになるというのに。
@@@@@@@@@@
教室に戻ると、関内は退屈そうに頬杖をついていた。
「なあ関内」
「・・・何かな絢辻」
「・・・日本史のテスト、何点だった?」
天才としての責務を放棄した男に、嫌味として聞いてみた。
「・・・39点。ギリ赤点だ、ちくしょう」
了
天才、かくあるべし 印田文明 @dadada0510
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