雨の約束

刹那

第1話 魔女


 僕は雨が嫌いだ。


見れば気分は晴れないし、濡れたらベタベタして不快な存在。

雨が好きと言う人もいるけれど、一体雨のどこがいいのだろう。


 ここは小学生男女三十人ほどの臓器提供者ドナーが集められた集合施設ドナーランド

みんな鎖骨の中心に正八面体の透明な水晶が半分埋め込まれている。


 水晶の左右から伸びる金属装飾が精巧で、これが当ランドドナーのシンボルマークだ。

見た目は神秘的な装いに見えるけれど、実は特別な意味が込められているのだとか。


 僕の名は【Lレイ】、一年上に少し風変りな女の子【Kカリーナ】がいる。


他の子の名前は覚えていない。


覚える必要がないってKは言うんだけど、その理由はよくわからない。

それで特別不自由はないし、気づけば僕も何だかそうしている。


 僕たちの身体の中の臓器は特別な物らしくて、それを求める人々レシピエントのために、その身を捧げる定めにあるのだと、七歳のときの授業で教わった。

年季の入った女性教官【Cキャサリン】からね。



「あなたたちは誰かの命のために生きる、尊き存在なのです」



 僕たちはこの教官Cのことを【魔女】と呼んで恐れていた。

その真の恐ろしさを僕はまだ知らない。



重い雲が垂れ込めてくる。



「あなたたちはまた、新たな命を授けられ、生まれ変わることの出来る唯一の人間なのです。私たちはあなたたちを誇りに思います」



 お告げが終わると、サァァァとある種の高揚感を呼ぶ雨が辺りを覆い尽くすように降り立つと、大地へと眠るように吸い込まれていく。


いまの僕にはCの言葉の意味が、雨にけぶるような理解として終始した。


Kはわかっているのかなぁ。


 周りの小さな子供たちはCの言う言葉を真似してふざけ合っているのだけれど、身体が大きなお兄ちゃんお姉ちゃんはCが恐ろしいことを言っていると五月雨式に口伝えていた。


 そして、僕たちが大きくなるにつれ、身体のひとまわり大きい子供たちはひとり……、またひとり……と、いなくなっていった。


それに伴ってまた新しい子供たちが入ってくるサイクルを繰り返す。


次の学年に進級するため、他の施設へ移ったとCは説明するが、本当のところはよくわからない。


 そんな思案を巡らせていると、誰もいない雨の降る中庭で、独り踊るKの姿が視界に入る。


幼いそばかすと栗毛色の三つ編みがチャーミングで、アクアマリンの瞳が空のように輝いている。


最東端の丘を眺めながら、ずぶ濡れになっても、ただ独り自分の世界に陶酔している。


風邪ひくよって呼びかけても、にっこり微笑み返すだけで、雨の恵みを祈るような所作をやめようとしない。


何も取り柄のない自分にとって、少し羨ましい感情を抱き始めたのも、この頃だった。


天へと差し伸べる指先から、緑に恵まれた母なる大地に至る足先へと……

はかなく流れる姿に雨が伝う命の線が、どこか美しくて、

僕は、胸を苦しめる赤い実のはじける感覚を、このとき初めて抱いた。


何もしていないのに、Kのことを見ていると何だかドキドキしてくる。



これって何なんだろう。



 ある日、Kは僕に手を差し伸べるように教えてくれた。

いつもは見せない、妙な緊張感を瞳に宿らせて。



「来週、私たちの番みたいだよ。明日私と一緒にここを脱出しよう」




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