23話 俺はお前が大っ嫌いだ

 橘優也は幼いころから仲の良かった親友がいた、互いの両親も仲が良く一緒に旅行にも行ったりするほどであった。


 親友の名前は伊藤陽斗いとうはると、優也と同い年であった。


 小学校でも中学校でもその仲の良さは消えなかった、2人は活発であり悪ガキでもあった、一緒に夜の街に出て星を見たり、海にいったりして補導されたこともあった。


「優也といると退屈しないな~」

「俺もだ、つまんないやつといるのは退屈だけど、陽斗といるのは楽しい」


 しかし、仲の良かった2人を引き裂く出来事が起きた、それは優也と陽斗が体育の100mでタイムを競っていた時だった。


「君は僕に勝てないよ!」

「くそ、今度こそ陽斗に勝ってやるさ!」


 周りがその勝負を見守っていた、記録上位者の2人が勝負をしているのだから。


「うっ!!」


 突如陽斗の様子が急変した、しかし走ることに夢中だった優也はそれに気づかずに陽斗を追い越しゴールした。


「よしっ!どうだ陽斗、やっぱり俺の方が……」


 振り向くもそこには陽斗の姿はなかった、追い越したと言えそこまで距離があるのに違和感があった。


「陽斗!!」


 そして直後に目に入ったのは遠くで陽斗が倒れている姿であった、観戦していた生徒たちが駆け寄るよりも先に猛ダッシュで陽斗の方へ向かう。


「おい、大丈夫か!」

「優也……はは、負けちゃったな」

「馬鹿言ってんな!先生!陽斗が!」


 その日、陽斗は救急車に運ばれ近くの病院に搬送された。

後から優也が聞いた話は足のコントロールがまったく効かなくなったということ、それと同時に両腕もまったく動かせなかったと聞かされた。


 それから2日後の休日に、陽斗が入院している病院にお見舞いにいくことにした優也、けれども面会は本人の希望で叶わなかった。


 優也には陽斗がどうしてそんなことをしたのか分からなかった、あれだけ仲の良かった陽斗に拒絶されたことが。


 それから優也はしばらく学校に通うも、結局すぐに引きこもってしまった。

それから1年半が経ったころ、両親から容態の悪化が知らされ急いで病院に向かった。


 入り口では陽斗の父が待っており、陽斗の個室まで案内された。

病室の窓を開け、目に写った親友の姿は優也は絶望した。


 黒い髪は脱色しており、声も掠れている、以前の陽斗とは全く違うその様子は優也にショックを与えた。


「はる、と……」

「その声、優也か?……そうか来てくれたんだね」

「当たり前だろ!」

「ごめん、こんな姿、お前には見せたくなかったから、俺」


 弱々しい声で必死にそう告げる。


「お前、学校、行ってないんだってな、ちゃんといけよ……」

「でも、お前がいなきゃ……」

「なに、言ってんだ?もっと、大きな声で言えよ」


 泣きながら絞りだした声は陽斗には聞こえない、目は愚か、耳すらもどんどん悪くなっていることがわかる。


「優也、俺の分まで、人生……楽しめ」

「陽斗……!」

「人生は、楽しんだもん勝ちだ……もしお前がずっとそんなだったたら」


 陽斗は最後に笑顔を作る。


「俺には勝てない、な?俺は……お前がいたから楽しかったぜ、だから今は……俺の方が上……だ、な」


 そして瞳から光が消える、優也は人生で初めて生命が消えるの瞬間を見た。


 陽斗の死因は桜花症候群の重症化、いまだ原因が解明されていない病の一種である、優也はそれから楽しむということが分からなくなってしまった、そして誰かと一緒にいることに恐怖すら感じるようになってしまった、深く繋がってしまえば、また失った時にどうなってしまうのかを知っているから、次は耐えられないと思っているから。


「今日は陽斗くんの命日よ、お母さんとお父さんはお墓参りに行ってくるけど、優也はどうする?」


 陽斗の命日である10月20日、毎年母親に声を掛けられるが優也は一度も行かなかった、今の自分に顔を向ける資格なんてないと思っているから。


 当時の優也は不良に足を踏み入れそうになっていた、けれどもいつもその一線を超えなかったのは亡き親友との日々のおかげだった、もう一度同じような日々を手に入れられたらとも思った。


 けれども彼には出来ない、1度得た大切な誰かを失うことに恐怖心を持ってしまったから。


「俺は……」


 鏡に映る自分はいつも暗い表情で、情けなくて、自分が昔に嫌いだった「つまんないやつ」を具現化したような男。


「この世で一番、お前が大っ嫌いだ……」


 鏡に映る大嫌いな奴に向けてそう言い放った。


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