8話 凛と優也

 凛が春華に入学して数か月たった頃、彼女は順風満帆な生活を送っていた、ずっとに病院暮らしだった凛にとって学校生活は新鮮なことの連続だったのだ。


「櫻田はいつも楽しそうだよな」


 体育の時間だった、リレーの順番待ちをしているときに急に声を掛けられた、当時の凛にとって優也は暗くてつまらなそうな人という印象だった、そんな彼から声を掛けられた凛は動揺しながらも答えた。


「そ、そう?」

「あぁ、この前の体力テストも結果悪いのに喜んでたし」

「うっ辛辣……!?でも楽しかったんだもん、橘くんは……その」

「つまらなそうか?」


 考えていたことを見透かされてびくっとしてしまった、せっかく言わないで置いたのにとすこしむくれる。


「よく言われるから、そういうの」

「学校つまんない?」

「どうかな」

「でも来てるってことは嫌じゃないんだよね?」

「かもな」


 凛はそっけない返事をする橘に淡々と質問していく。


「私、生徒会長になりたいの」

「へぇ」

「橘くんも生徒会役員になろうよ」

「……俺が会長になるかもしれないぞ?」


 今日初めて笑った顔を見た、楽しいとかそういうのじゃなかったが。


 凛は考えた、いつもつまらなそうな彼が生徒会に入ったどうなるんだろうと。


「前言撤回」

「諦めたの?」

「違うよ、私は橘くんになってもらうの、生徒会役員」

「は?」


 訳がわからないとふぬけた声が返ってくる、凛は立ち上がり準備運動を始めた。


「ほら、私たちの番は次だよ」

「めんどいな」

「そういうこと言わない!ほら見るの、奥を」


 凛が落ち着いた声で突如呟く、2人の番が来て互いに並ぶ、どうやら最後の2人らしく、みんなが注目している。


「ゴールを見るの、そしてそこに描くの、未来の自分を」

「?」

「私は視えたよ、今」

「なにが」


 ゴールの方を指をさしそこを見つめる、凛の目線は確かにゴールを見ている、けれどもその時優也は別の何かを見ていると感じた、凛は笑っていた、声を出すことなく静かに。


「私と橘くんが生徒会に入ってる未来、そこに向かって走るの、君も」

「そこにいる俺はどんな顔してる?」


 教師がよーい!と声を上げる、凛は横にいる裕也に微笑み明るくこういった。


「笑ってたよ!」

「っ!?」


 そして教師のドンッ!の合図とともに2人は地面を蹴った、中間まで同じ速度で走っていた、しかし次第に凛が優也を追い越した、体力テストでほぼ最下位の凛が。


「嘘だろ……!」


 優也は速度を上げる、前方を走る凛は煽るように振り向き笑みを浮かべる。


「櫻田……凛!」


 凛との距離が縮まる、そしてあと少しで追い抜くタイミングでゴールのの合図が聞こえた。


「やったー!」

「はえぇな……運動神経悪いと思ってたのに」

「ふふん、勝負も人生も楽しんだもの勝ちなのだよ」


 得意げに言い放つ凛にすこしイラっとする優也、しかしなぜだか満たされた気分になっていることに気づく。


「ねぇ、生徒会役員になりなよ、私と一緒に楽しい学校作ろ?」


 凛は手を出す、息を整えながら優也の方を見つめて。


「いいよ、櫻田の見た俺が笑ってたなら、きっと……」

「きっと?」


 凛の手を握る、そして優也は静かにほほ笑み呟いた。


「大切なものを作れたってことなんだろう」


***


「それじゃ橘、凛のことサポートしてやれよな」

「はい、玲奈さん、大学では彼氏が見つかるといいですね」

「お前ぶん殴るぞ」


 元生徒会長今田玲奈を見送る優也と凛。


「それじゃ達者でな」


 背中を向けて手を振り校門を出てこうとしたその時、玲奈は振り返り。


「そうだ凛!受け取れ!」

「わっ……とと、これは」

「会長の腕章だ」

「今更ですね」


 玲奈は最後に優しく微笑む、凛は少し涙目になりながらも力強く頷き返事をした。


「行っちゃったな」

「うん……」


 風が優しく2人の頬を撫でる、そして凛が腕章を優也に差し出した。


「ねぇ、着けてよ」

「……あぁ」


 優しい動作で凛の右腕に腕章をつける、凛はただ静かにその様子を眺めていた。


「ねぇ」

「ん?」

「今、楽しい?」


 凛は優也に問う、優也は一瞬手を止めるもすぐに手を動かす。


「そうだな、ワクワクしてる、櫻田がどんな会長になるのか」

「そっか」


 そして腕章をつけ終え「できたぞ」と一言、凛はスマホで自分の様子を撮ってくれと優也にねだる、仕方ないなと桜をバックに撮影し、撮れた写真を凛が見る。


「おぉ~会長ぽいっ!いや、会長なんだけど」

「だな」

「あのね、私も一緒、ワクワクしてる」


 写真を見つめながら高揚した声で言う、その目はギラギラと輝いている、ここはスタートラインでしかないと。


「それじゃ、改めてよろしくな会長」

「任せといて、楽しいことも面白いこともいっぱいしようね!」


 凛は精一杯に笑った、失った時間は戻らないなら今を楽しめばいいと、狂い咲いた桜の木々は病院の窓から見るものよりも美しい、世界はまだ彼女の見たことの無いもに溢れているのだ。

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