5話 春を掴んだ少女

 春華高校の一年生、春華高校の一年生、彼女にとってそれは口にすればするだけ心が躍るものだった。


「楽しみだな~」


 春華高校入学前日の櫻田凛はハンガーにかかったかわいらしい学生服を眺めながら呟いた、黒色のブレザーの襟には桜を基調とした校章のバッジが付いている。


「やっと……私も学生なんだ」


 夢でも見ているかのような、ずっと欲しかったものが手に入ったような感情をこめて呟く、凛は小中ともに学校には通っていなかった、通えなかったのだ。



***


 それは彼女が5歳の頃にかかった桜花症候群が原因である、10万に一人が患う病であり、その症状は四肢の湿疹と痛み、しびれ、最終的に壊死してしまうこともある、どんどん痩せて浮き上がった血管、枝のような血管と舞い散る花びらのような湿疹が桜に見えることから命名された。



 凛の場合症状はどんどん重症化していった、小学校高学年になる予定だった年にはもうベットから起き上がることすら出来ずにいた。


 凛には誰かを羨む事なく、自分はこのまま死んでいくのだろうとずっと思っていた。


 しかし12歳の頃、病院のベットで目覚めた凛は驚いた、右手の痛みとしびれが自分でもわかるほど弱くなっていた、その時はまた悪化するのだとマイナスに考えていた。


 しかし1か月、2ヶ月と時間が経つにつれて症状は回復していき、13歳の誕生日を迎えるころには四肢の痛み、湿疹としびれは完全に消えていた、そこからはリハビリと高校に行くための勉強の日々が続いた、どちらも彼女にとってはベットで寝てることより何倍もいいものだった。


 彼女に勉強を教えてくれたのは凛のことをずっと気にかけてくれた担当医の知り合いの女性、彼女は児童養護施設の職員で仕事で忙しい両親に代わって凛の面倒をよく見てくれた、かといって両親が凛と会っていないわけでは無い、むしろ仕事がない日はずっと一緒にいてくれた。


 「凛ちゃん、知ってる?春華高校にはすごい生徒会長がいたんだよ、勉強もしないで喧嘩ばかりの悪い子たちをみんな更生させるような」


 施設の職員さんの話を聞いて凛は生徒会長に興味をもつようになった、生徒会長になれば楽しい学校が作れるかもしれない、なによりも。


「面白そう……」


 彼女が生徒会長を目指す理由はそれだけで十分だった、長い間ベットに寝たきりでずっと憧れていた学生としての生活がもう近くまで来ている、先の未来に高鳴る胸の鼓動を抑えて眠る日々が続いた。


***


入学式当日、でかい校舎を見上げて背伸びをする、この先始まる学生生活がどうなるのか、どんな出会いをするのか。


「〜♪」


 桜が舞う、出会いが始まる、暖かな春風が凛の背中を押す。


「楽しいことも、面白いことも……」


 空に手を掲げ、舞い散る桜の花びらをつまむ、春を掴んだのだ。


「全部私のもの……!」



  

 



 



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