第四話:じゃあ、モチベーション、あげよっか?
「ヨウ~。お菓子持ってきて~」
「……お前なあ」
机に向かう俺に、ゲーム機から目を離さずにヒマワリが声をかける。
鈴川がうちに来て次の日、学校から帰ってしばらくすると、部活が休みとのことで、いつも通りヒマワリがやってきた。
今日はカエデは一緒じゃない。ヒマワリ一人だ。
なんでもカエデは塾があるらしい。「誘ったんだけどね~」とはヒマワリの言だ。
しかし、日に日に態度がデカくなっていくこいつをどうにかできる人間がどこかにいないものか。
いや、いないのだろう。毎度カエデにたしなめられはするが、反省するそぶりを見せたことはない。
やれやれ、と思いながらも、リビングから適当に菓子類を持ってきて、テーブルに放る。
「ほらよ」
「あんがと。ごめんね~、今手が離せなくてさ」
「いつも手が離せなさそうだけどな?」
「そりゃ、ヒマワリちゃんですから」
質問に対する回答になっていない。
ちなみに、ヒマワリがゲームをしている間、俺は机に向かって勉強をしたり、本を読んだりしている。
別にゲームが嫌いなわけではない。
しかし、ヒマワリと一緒の空間でゲームをし始めると、こいつは途端に指示厨になるのだ。
俺の遊んでいる画面を横から見ながら、「あー、そこで回避しないと!」だとか、「ねぇねぇ、さっきの道まだ探索してないよ? 戻りな?」だとか口を出してくる。
そして、俺がイライラする。イライラした俺はゲームの電源を落とす。そんな塩梅だ。
ただ、それはヒマワリ自身の本来の気質ではないのだろう。
イライラしている俺の顔を、ニヤニヤしながら見ているので、きっとそうだ。
あれは、俺をからかって楽しんでいるだけなのだ。こいつはそういうやつだ。
そんなことを思いながらじろじろ見ていると、視線を敏感に感じ取ったのかヒマワリが反応した。
「な~に?」
「いや、何でもな――」
言いかけて、ふと疑問に思う。
――こいつ、しょっちゅう俺の部屋でゲームばっかやってるけど、勉強してんのか?
「そういやよ」
「うん」
「ニ年の進路希望調査があってな」
「ほー」
他人事みたいな顔してやがる。
「お前は、どうすんだよ」
「アタシ?」
ヒマワリが一生懸命手を動かしながら答えた。
「一応考えてはいるけどねえ、っと」
考えてはいるのか。
いや、本当にそうか?
「本当か? 実は全然考えてないとか」
「ヨウはアタシをなんだと思ってるのさ。流石にそろそろ考えるよ。……あ、死んだ」
「死んだか」
ヒマワリがゲームオーバーのSEが鳴っているゲーム機をテーブルに置いて、伸びをする。
「まー、成績は悪くないから、選択肢はある方なんだけどさ」
ぼそっと言いながら、ヒマワリがこちらを向く。
「成績良いのか?」
意外だ。
「いっつもゲームばっかやってっから、勉強なんて全然してないもんかと」
「失礼な。家に帰ってからやってますう! 流石にヨウほどじゃないけどね? 成績も勉強も」
浦園と比べたらねぇ、とヒマワリが苦笑いを俺に向ける。
「でも、何やりたいかとか、まだわかんないんだよね。別に勉強したいこともないし。でも、キャンパスライフには憧れるよねぇ」
「まあなあ」
「ヨウは?」
ヒマワリが無邪気な顔で訊く。
「俺も、まだわからん」
「あ、そうなんだ。難しいよね。十代の若者に『将来を見据えてしっかり考えろ』って言われても困るよねえ」
困ることは困る。そこに関しちゃヒマワリと同意見だ。
しかし、考えないといけない局面にも来ているのだ、とも思う。
「カエデちゃんは?」
「あー、なんか外交官なりたいから、そういう大学に行くって言ってたな」
「うわ。すご。カエデちゃんなら本当になってそう」
ヒマワリが感嘆に目を見開いた。
まぁ、大体俺も同じような感想を抱いている。
「昨日、鈴川がウチに来たんだよ」
「鈴川さんが? なんで?」
「なんか父さんが相談したいことある、とかで来てくれてさ。で、進路のこと相談して」
「なんて言ってた?」
「実感としては、大学程度で人生は決まらない、ってのと。あとは、なんだっけな。他人の成功体験は再現性がない、自分の意見は話半分に聞け。どうやっても将来後悔するから、今は最善を尽くせ。とか、そんな感じ」
「あー、鈴川さんらしいかも」
「それな」
実は、あの後、鈴川が帰ってから、父さん母さんにも相談をした。
しかしながら、返ってきた答えは「ヨウのしたいようにしなさい」といったものだった。
私立でも国立でも、金のことは気にするな、行きたいことろに行け、と。
また、大学に行かないなら行かないで、それも俺の選択だから尊重する、とも。
俺の自由意志を全力で尊重してくれる姿勢はありがたい。
ありがたいのだが、俺はその
そういう旨の話もちらりとした。
そしたら、父さんは「したいことが見つからないなら、そうだなぁ。ヨウは頭が良いから、とにかく良い大学を目指せばいいんじゃないか?」と言い、母さんは「せっかく成績良いんだから、大学くらいは行っといたらいいと思うけどねぇ」と言った。
つまるところ、それなりに成績が良いから活かさないともったいない、と。そういうことだ。
父さん母さんの意見には、まぁ、全面的に同意する。
せっかく今まで勉学に励んできたのだ。財産を無駄にすることもない。
とは言え、だ。
「どうするかねぇ……」
「え~? ヨウなら、日本でトップクラスの大学行けるでしょ?」
「いや、ちょい足りない。死ぬ気で頑張れば可能性はゼロじゃないだろうが」
「なら、死ぬ気で頑張って行けばいいじゃん」
ヒマワリが、「何をうじうじ悩んでいるのかわからない」といった顔をする。
「勉強が嫌いなわけでもないし、頑張れば行けるんだったら、頑張っちゃいなよ」
「まぁ、そりゃそうなんだけど」
「少なくとも、アタシよりも選択肢多いじゃん。贅沢、贅沢~」
そう言ってヒマワリが笑う。
「ヨウはあれこれ考え過ぎなんだよ」
「そうか?」
「そうだよ。皆が皆カエデちゃんみたいに、確たる目標を持って進路を選ぶわけじゃないんだからさ」
ヒマワリの言うことも一理ある。
しかし、どうだろう。元々は「ユリカさんに似合う男になるため」というモチベーションがあったから頑張ってこれたのだ。
それを失った今、果たして俺は頑張ることができるのだろうか。
良い大学に行きたいというモチベーションなんて存在しない。
俺はただただ惰性で勉強しているだけなのだ。
少し考えこんでいると、ヒマワリが小さく笑う。
「あはは。ヨウ、どんだけ難しい顔してんのさ。怖い顔になってるよ~」
「いや、頑張れるかなぁ、と思ってさ」
「当ててあげよっか?」
ヒマワリが、立ち上がって俺の近くまで歩み寄る。
髪の毛がさらりと揺れて、ふわりと甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐった。
「今まではお姉ちゃんのために頑張ってた。でも今は、頑張るモチベーションがない~」
「……なんでわかんだよ」
「やっぱりねえ。腐っても幼馴染だもん」
人指し指で、ヒマワリが俺の額をつんとつついた。
「じゃあ、モチベーション、あげよっか?」
「は?」
モチベーションをあげる、とはどういうことだろうか?
「例えば、東京大学」
「は?」
「東京大学入ってよ」
「なんでだよ」
「なーんでも!」
にひひ、と笑いヒマワリが俺の頬に両手を当てた。
「受かったら、このヒマワリちゃんが何でも言うことを聞いてあげましょう?」
「……それがモチベーションにつながると?」
「わっかんないかなあ」
俺の頬から手を離し、一歩後ずさって、ヒマワリが自分の胸に右手を当てた。
「この、美少女ヒマワリちゃんが、なんでもしてあげるって言ってんだよ?」
「美少女って自分で言うかよ」
「え? 美少女でしょ? でしょ?」
いや、確かにお前は美少女だがな。
「ノーコメントで」
簡単に肯定するのは癪なんだよ。
「えー? でも、アタシが何でもしてあげるんだよ? 良くない?」
「別にお前にしてほしいことなんてねぇよ」
「へえ?」
ヒマワリが中腰になって俺の顔を覗き込んだ。
Tシャツの襟元からちらりと見える、胸元が白く眩しい。
「ベッドの下に隠してる、エッチな本みたいなことも、してあげるかもよ?」
どきり、とした。
今までヒマワリからは感じたことのない、妖艶さに少しだけ驚く。
しかし、それ以上に。
「お前、なんで知ってんだよ!」
厳重に、誰にもバレないように隠してたはずだ。
それこそ、母さんが勝手に掃除なんてしても、そうそう見つからない。
それをこいつはなんで。
「ふふーん。ヨウの部屋なんて、全部調査済みなのだよ」
得意げにヒマワリが言う。
こいつ……。
「小さい頃から、大事なものの隠し場所は変わってないよねえ」
「うるせぇよ」
きまりが悪く、思わずそっぽを向いた俺に、ヒマワリがまた、にひひ、と笑う。
「で?」
「ん?」
「エッチなことは? したいの?」
「そういうことをしたいのは、男として当然だが、お前とだけはない」
「へー、ないんだあ」
なんで、そんなにジロジロと俺の顔を見やがる。
見るな。観察するな。
あと、年頃の女子がそんな簡単に、エッチなことだとか、そういうことを言うな。
それに、そもそも、だ。
「お前、それで本当に俺が東大合格したら、どうすんだよ?」
まだ得意げなヒマワリに少しだけ意趣返しをしようと、睨みつける。
演技は得意じゃないが、頑張れ、俺。ちょっとばかし、この考えなし女にお灸をすえるのだ。
「え?」
「本当に、お前は、俺に、求められたら、そういうエロいことを、するのか?」
「え? え? え?」
ほら。やっぱり、ただからかってただけだ。
証拠に、俺が「その気になったポーズ」を取った途端、慌て始めた。
だが、まだ許さん。お仕置きは必要だ。
「いいんだな? 本当に頑張るぞ?」
「え、え、えっと、ヨウ? そ、その、なんっていうか」
「二言はないな?」
これでチェックメイトだ。
くるりと回り、もう一度机に向かう。
「よっし。勉強頑張るか」
「え……。まじ?」
ヒマワリの慌てる声に、俺はばれないようにほくそ笑む。
焦ってる焦ってる。
ちょっとは自分の言動が思春期男子にどういう影響を与えるか、考えたら良い。
「……ま、まあ、ヨウが本当にしてほしいなら……いい、よ?」
え?
こいつ今なんつった?
思わず振り返る。
見れば、ヒマワリがもじもじとしながら、顔を真っ赤にしていた。
は?
からかってたんだろ?
何「いい、よ?」とか、言っちゃってんだ。
今度は俺が焦る番だった。
「お、おい、ヒマワリ」
「え?」
慌てた俺の顔を見て、ヒマワリが更に顔を真っ赤にする。
「っ! よ、ヨウッ!? アンタまさかっ!」
「い、いや、お前が勝手にっ!」
「っ……! 帰るっ!」
叫んだヒマワリは、ゲーム機と荷物をまとめて、一目散に帰っていった。
「おおう」
ちょっと待て。整理させろ。
あいつは、俺をからかってたんだよな?
だから、多少の意趣返しは、当然だよな?
なんだ、あの反応。
「わっかんねえ……」
あれじゃまるで……。
いやいやいや。あのヒマワリだぞ? ないないないない。
だって、あいつは、俺がユリカさんを好きだって知ってたし。
自分とユリカさんが、全然違うタイプだということも理解している筈だし。
そもそも、今までああいう反応なんてしてこなかったじゃんかよ。
「わっかんねぇ」
どういうことだよ。ぼそりと口の中で小さくつぶやいた。
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