第十四話:しっかし、カエデちゃん、垢抜けたね。こりゃ美人さんだねえ
「カエデちゃん!」
「ヒマワリさん!」
久しぶり、と手を握ってぴょんぴょんとジャンプし合う女子二人を眺める。
懐かしい旧友との再会に手を合わせて喜び合う女子二人。なんと美しい光景だろうか。
なーんてことは思っちゃいない。
ただでさえやかましいヒマワリが、カエデと合流して更にやかましくなりそうで、心配だ。
ついにやってきた土曜日。場所は都内池袋駅。待ち合わせスポットと言えばここ。いけふくろうの前である。
カエデと学校で相談した結果、我らが地元の植民地とも言われている池袋に行くこととなった。
俺とヒマワリの家からでも、カエデの家からでもアクセスが良く、無難に楽しめるということで「もう池袋でいいんじゃね?」となったわけだ。
しかしまぁ。流石に都内の通行人はよく訓練されているようで、はしゃぐ女子高生二人に一瞥もくれずに歩いていく。
皆、それぞれ忙しいのだろうけど。都内はやはり違う。
ひとしきり、感動の再会っぽいなにかを二人が楽しんだ後で、積もる話もあるだろうからと、駅の東口を出てすぐのマックに入る。
時刻は十一時半。昼食を取るのにもちょうどよい時間だ。
めいめいに、食べたいものをオーダーして飲み物だけを受け取り、混雑している店内を見回す。
飲み物以外の食べ物は、後から店員が持ってきてくれるらしい。
ぎちぎちに人間の詰まった客席だったが、運良く四人用の席があいていたのですかさず確保した。
「ヨウから話は聞いてたけどさ、本当に久しぶりだよね」
席につき、手に持ったコーラを一口飲んで一息。
ヒマワリがカエデを見て微笑み、口火を切った。
「ええ、ヒマワリさんもお元気そうで何よりです」
ヒマワリの言葉にカエデがにこやかに返事をした。
「香港、だったっけ?」
「はい」
「大変だったでしょ~?」
「そこまででもありませんでしたよ」
知り合い同士の探り探りの会話になんだかむずむずするのは俺だけだろうか。
お互い距離感を探りながら会話しているのがわかる。
事前にグループチャットで文字でのコミュニケーションを取っていたとは言え、長らく会っていなかった旧友だ。
こればっかりは仕方がない。そう思いながら俺はコーヒーを口に含む。
しかし、俺のむずむずも次の瞬間までだった。
「しっかし、カエデちゃん、垢抜けたね。こりゃ美人さんだねえ」
おいおいおいおい。流石のヒマワリさんだぜ。
距離の詰め方が尋常じゃない。普通いきなりこんな会話ぶっこまねぇって。
ともすれば失礼にも思えるヒマワリのセリフに、カエデが困ったように笑う。
「私も女の子ですから。あの頃はあんまり興味なかったんですけどね」
カエデが言ってから飲み物を口に含み、そして続けて喋った。
「そういうヒマワリさんも、中学の頃とはだいぶ変わりましたよね」
「え~? 変わったかなぁ」
「はい、お綺麗です。私の知っているヒマワリさんは、もう少し肌が小麦色で、髪の毛も短かったです」
「あー、それはそうかも。カエデちゃんが転校していったあとくらいから、ちゃんと日焼け止め塗るようになったからね」
たはは、とヒマワリが頬を掻く。
「お化粧も、ナチュラルで素敵です」
「そういうカエデちゃんも、そのリップの色素敵~。どこのやつ?」
「ふふ、ありがとうございます。これは――」
おおおう。居心地が悪い。容易に会話に入ることのできなさそうな内容にシフトしてしまった。
いや、それはさっきからずっとか。
俺今日、なんか喋ったっけか?
女子高生二人の勢いについていけない。男の俺が立ち入ることのできない雰囲気を二人が出している。無理無理無理無理。
だが一方で、やっぱりヒマワリは誰とでも打ち解けられる人間なのだなあ、と少し感心する。
本来、「お前、垢抜けたな」なんて言われた方はたまったもんじゃないはずだ。なにしろ、裏返せば前は垢抜けていなかった、ということになる。
ただ、ヒマワリの口調が、文章に起こして読めば感じるはずの失礼な印象を完全に亡き者にしている。
証拠に、二人の距離感はさっきまでと比べてぐっと縮まった。ように思う。
いや、本当に流石のヒマワリさんだぜ。
痺れたり憧れたりはするが、俺には絶対到達できない領域だから、目指そうとは思わない。
コーヒーをもう一口。
しばらく女子二人が華のあるきゃいきゃいとした会話を楽しんでいると、店員がそれぞれの食事を「お待たせしました」と持ってくる。
しかし、二人は会話に夢中で、メインのバーガーに手をつける気配はない。
せいぜい、話しながらポテトをトレーの上に広げてつまむ程度だ。
少しばかり肩身の狭さを感じながら、俺はテリヤキバーガーの包み紙を広げた。
その後十分位はひたすらにポテトをつまみながら喋っていた二人だったが、流石にというか、めいめいのメインに手を付け始めた。
バーガーをぱくつきながらも、二人の会話は止まらない。
結局三十分以上は、マックにいただろうか。
客席を掃除する店員が、はっきりと知覚できる程度にはちらちらと(迷惑そうに)こちらを見てくるようになったころ、俺達は店を出た。
「さって! カエデちゃんっ! これからどーする!?」
ヒマワリが外の暑い空気に、首元をパタパタと扇ぎながらカエデを見遣る。
池袋で遊ぶ、ということだけが決まっていて、その他はノープランだ。
火曜日に集合時間と集合場所が決まり、その後速やかにカエデとヒマワリ、そして俺、三人のグループチャットが作られた。
グループチャットでやり取りを重ねつつ、カエデと俺で計画を話し合っていたのだが、全てがヒマワリの「こういうのは、ノリでいーんだよっ!」というメッセージに覆されたのだ。
「どうしましょうか」
カエデがゆるりと微笑みながらヒマワリに返した。
「じゃあさ、カラオケ行こっか!」
久しぶりに会って、いきなりカラオケかよ。と思ったが、カエデは躊躇なく頷いた。
「いいですね、そうしましょうか」
カラオケは、気心の知れた相手じゃないと楽しめない娯楽だと思っていたのだが、そうではないのか?
俺が間違っているのか?
「カエデ?」
「ヨウ君? なんですか?」
「大丈夫か? ヒマワリの押しが強くて悪いな。カラオケとか嫌だったら別のところでも」
視界の端でぷくりと膨れるヒマワリを無視して、カエデに伝えると、ふふ、とカエデが上品に笑い声を出した。
「大丈夫ですよ。カラオケ、好きですから」
逃げ道を塞がれた。
正直に言おう、他ならない俺が、カラオケが苦手だ。
俺は今まで、ユリカさんに似合う男になるために努力を重ねてきた。
だが、その中に「音楽」は含まれていなかったのだ。
もっというと、広く「芸術」といったものには、とんと造詣がない。
いや、言い訳はやめよう。
シンプルに音痴だから歌いたくないだけだ。悪かったな。
「ヨウ~? 自分が音痴だからって~」
ふくれっ面をしていたはずのヒマワリがニヤニヤと俺の脇腹をつつく。
あーもう。
「っるっせぇ! 行くぞ!」
§
手近にあったカラオケ屋で受付を済ませ、マイク等々を受け取って階段を上がる。
「あ、二〇五ってここだね」
ヒマワリが、伝票に書かれた部屋番号と、ドアに書かれた番号を見比べて、指をさした。
部屋に入って、とりあえず飲み物でも取ってこようかと俺は全員のグラスを手に取る。
「カエデは何にする?」
「あ、私自分で行きますよ?」
俺の行動を察してか、カエデが「気遣いは不要」と、立ち上がろうとした。
それをヒマワリが手で制す。
「いーの、いーの。こういうのはヨウに任せとけば。あ、アタシコーラね」
「お前はもうちょっと遠慮ってもんを覚えろ」
まぁ、いいけどよ、と小さくつぶやきながら、カエデを見遣る。
どうする? と。
「あ、じゃあ、お言葉に甘えて。ウーロン茶を」
「りょーかい」
グラスを持って、部屋を出る。
扉が閉まる直前、ヒマワリの「何歌う~?」という元気いっぱいな声が聞こえた。
おあつらえ向きにも、ドリンクバーはすぐ近くにあった。
他の階にもあるのかは知らないが、おかわりをするのに、階段を昇ったり、歩き回らなくて良いのは素晴らしい。
グラスに氷を入れ、コーラとウーロン茶、それと自分用にコーヒーを注ぐ。
三人分のグラスは少しだけ持ち運ぶのに苦労したが、なんとか左腕を使って、落とさないよう、こぼさないよう、慎重に姿勢を整える。
二〇五と書かれた部屋のドアを、右手首を使って開ける。
中からヒマワリのはつらつとした歌声が聞こえた。
「あ! ヨウ、ありがとー!」
歌声を止めて、マイク越しにヒマワリが礼を言い、そしてすぐに歌に戻る。
全力で歌ってるもんだから、カエデが何かを俺に向かって話しているものの、口をパクパクさせている様子だけしか伝わらない。
口の動きと表情から察するに礼を述べているのだろう。
とりあえず手を振って、「気にするな」の意を表明しながら、カエデと向かい合う形で座る。
ヒマワリは少し前にバズった曲を全力で歌っていた。
パワフルで明るく、ヒマワリらしい歌声。
流石にプロではないため、ところどころ音を外しているが、それも気にならない。
たくみに、がなり、しゃくり、ビブラートなどの歌唱技術を駆使していて、聞いていて非常に気持ちが良い。
うまいな、と素直に思う。
しばらくして、ヒマワリの曲が終わった。
カエデが控えめな拍手を送る。
「ふー、歌った歌った」
迷いなく最初に曲をいれるこいつは勇者だと思う。
俺にはとてもできない。
しかし、ことカラオケという場において、ヒマワリみたいなタイプの人間は重宝されるだろう。
大体皆、腹を探り合って「誰が最初に歌う?」となりがちだからな。
今度「切り込み隊長」とでも呼んでやろう。
続いて、すぐにゆったりとしたバラードのイントロが始まった。
カエデがヒマワリからマイクを受け取って、身体を小さく揺らしてリズムを取る。
カエデの歌声は、彼女の普段のイメージから想像しにくいものだった。
彼女の柔らかく、控えめな印象は損なってはいないのだが、思った以上に声量がある。
そして、ところどころ声が上がりきらなくて外していたヒマワリと比べると、裏声と地声をちゃんと切り替えることで、しっかりと音を当てている。
ただ、一点難があるとすれば、音量とかではなく歌い方が一本調子なところだろうか。
良くも悪くもまっすぐで、素直な歌い方だ。
カエデも文句なしのうまさだ。
しかしこうなると、ひたすらに何か講評のように二人の歌声を聞いていた俺の肩身がどんどんと狭くなってくるな。
ややあって、カエデの歌が終わった。
マイクを置いて、カエデがペコリとお辞儀をする。
「カエデちゃん、やっぱ歌上手いよね~」
「ありがとうございます。そういうヒマワリさんこそ」
「あはは、ありがと、じゃ、次はヨウだけど? まだ入れてないの?」
ヒマワリがこちらを見る。
「い、いや、俺は」
「べーつに、下手っぴでも楽しめりゃいんだからっ!」
そう言ってヒマワリが俺に液晶リモコンを押し付けてくる。
逃げ切れなかったか……。
少しだけ悩んで、小さい頃から父さんが車でよく流していた、昭和の歌謡曲を入れた。
イントロが始まり、Aメロ。口を開く。
脇汗がすごい。いや、脇汗だけじゃない。全身から吹き出る冷や汗がすごい。
自分でも大いに音程を外していることがわかる。
どうにも歌うのは苦手なのだ。
歌いながら、二人の表情をちらりと窺う。
ヒマワリがにやにやしていた。
カエデはなんだろう。どういう表情だそれ。
ぼうっと俺を見つめている。視線から感情を感じ取れない。かといって無感情というわけでもない。
やめてくれ。針の筵だ。
ものすごく恥ずかしい思いでいっぱいになりながらも、なんとか一曲歌い終えた。
「わー、うまいうまいー」
ヒマワリがさっぱりそんなこと思ってなさそうな声で言う。
うるせぇよ。
「カエデちゃん。ヨウの歌どうだった?」
やめろ。カエデに振るんじゃねぇ。困るだろ。
しかし、予想とは裏腹に、カエデはふわりと微笑んだ。
「ヨウ君らしい歌声で素敵でした」
褒められるとは思っていなかった。
いや、褒めてるのか? 褒めてるんだよな?
「ど、ども」
俺の腑抜けた返事に、部屋の中がなんだか奇妙な雰囲気になってしまう。
おおう。やっぱり歌わないほうが良かった。
こちらを見ずに、リモコンをいじっているヒマワリを睨みつけた。こやつめ。
「あっ!」
次に予約した曲が始まるか始まらないか。その瞬間、唐突にヒマワリが大声を上げた。
「あっちゃー」
言いながらヒマワリが苦々しい表情を浮かべる。
「どうした?」
「いや、お菓子買ってくるの忘れてたな~って」
お菓子って、お前。
「なーに? ヨウ、その目! カラオケにお菓子は必須でしょ?」
「いや、そうだけどよ。そこまで大声だすようなことかよ」
「ことだよ! せっかく、久々に会ったカエデちゃんとのカラオケだよ!? 万全で挑みたいじゃん!」
どういうことだよ。
「じゃ、ヨウ。買ってきて」
「買ってきて、って……」
「今日の主役はアタシとカエデちゃんでしょ? 積もる話もあるし」
「そもそもここ持ち込みOKだっけか?」
「うん、大丈夫だよ。アタシ良くこのお店使ってるから。店員さんにも確認したし」
まぁ、別に買いに行くのはいいんだが、ヒマワリに顎で使われるというのは癪だ。
「あの、ヨウ君」
カエデが申し訳なさそうに俺を見る。
「大変申し訳ないのですが、私からもお願いします」
カエデまで……。
いや、うん、まあ。そこまで言うなら。
それに、俺が歌う時間も減る。ヒマワリはともかくとして、カエデに俺の音痴全開な歌を聞かせるのは少し恥ずかしい。
「わーったよ。なんかリクエストあるか?」
「特にないっ! ゆっくり吟味してっ! カエデちゃんが喜びそうなものをっ!」
ヒマワリがそう言って、さっさと行けとでも言わんばかりに、手で「シッシッ」とジェスチャーする。
少しばかり業腹ではあるが、まぁ。
「りょーかい。んじゃ行ってくる」
俺は部屋を出る。
向かう先は……近くのコンビニでいいか。
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