3
将吾が選んだローストビーフ丼を食べ終えると、おもちゃ売り場へと向かった。
春は私の手にしがみつくようにして無言で歩いていたが、山積みに置かれたおもちゃが見えてくると、そちらへ興味を奪われ、将吾に手をつかまれても気づかない様子で店内へ入っていく。
目移りするように、たくさんのおもちゃをきょろきょろと見回す春に、将吾は優しい笑顔で何度も話しかけ、さまざまなおもちゃを一つずつ手に取り、見せていく。
床にひざをつき、春と目線を合わせてほほえむ将吾は、我が子へ穏やかに接する父親に見える。
春に愛情があるのだろうか。いや、それはないはずだ。すぐに考えを否定する。いい父親を演じたい。それだけだろう。
「これがいいのか?」
貨物列車のおもちゃを握って離さない春に、将吾がそう尋ねると、彼は難しい顔で小さくうなずく。買ってもらえないんじゃないかと警戒しているのだろう。
「新幹線の方が良くないか?」
やっぱり、将吾は春の好きなものから目をそらさせようとする。
「最近は貨物列車が好きみたいなんです」
口をはさむと、将吾は不服そうな顔で腰をあげる。
「じゃあ、羽純が買ってやればいい。俺はキックボードにするよ」
「私からの誕生日プレゼントは先月、渡しましたから。キックボードはおじいちゃんに買ってもらったので、違うものでお願いします」
彼がますます不機嫌になるだろうとわかっていたが、勇気を出して、きっぱり言う。
「羽純はすぐに俺を否定するよな。もういい。買わないから」
「買ってあげるって言ったなら、筋を通してください」
「うるさいな」
将吾は小さな声で吐き捨てるように言うと、貨物列車を棚に戻そうとしていた春の手を引っ張る。
「春、買ってくれるんだって。よかったね」
少しでも気分を盛り上げようと笑いかけるが、春は落ち込んだ様子でうつむく。
全然、うれしくないだろう。それでも、買ってくれなくていい、とも言えなくて、早足でレジへ向かう将吾に引っ張られる春のあとを追いかける。
何も楽しくない。将吾と会うと、いつもこうなる。私が不快に思う以上に、春も違和感を覚えているはずだ。
なぜ、将吾と会うのか。いつか、春にそれを問われる日が来るかもしれない。そうなる前に彼とは縁を切りたい。
だが、戸籍上は、将吾は春の父親だ。突き放すことができないし、突き放していいのかもわからない。
代金の支払いが済むと、将吾の機嫌は少しばかり良くなっていた。春も、大事そうに貨物列車のおもちゃを抱きかかえ、ほんの少しうれしそうに口角をあげている。
気持ちを切り替えて、あともう少しだけ、楽しく過ごそう。将吾だって、全部が全部、悪い人じゃない。思うようにならないと、少しだけ機嫌が悪くなってしまうだけだ。
「将吾さん、ありがとうございます。春も喜んでるみたい」
「気にしなくていい。俺だって、羽純たちの喜ぶ顔が見たいんだよ」
そう言って、柔らかな笑みを浮かべる将吾は、出会ったころの優しい雰囲気の彼のままだった。
あのとき、ひどい喪失感に絶望していた私は、この笑顔に助けられた。しかし、将吾となら幸せになれると信じていたわけではなく、自分の置かれた状況に不安を感じていたから、そばにいてくれた彼を頼ってしまっただけだった。
それは、彼にとって不幸なことだった。だけれど、彼だって私のすべてを受け入れてくれていたわけじゃない。それに気づいた今、彼の言動や笑顔が、とても薄っぺらなものに見える。
「あと、欲しいものなんだっけ?」
入園グッズを買ってくれると言ったのは彼だけど、忘れてしまっているようだ。それならそれでいい。また一悶着するのは疲れる。
「ほかにはないです。ありがとうございます。春もすぐにおもちゃで遊びたいと思うから、そろそろ帰りますね」
「もう? せっかく、時間を作ってきたんだ。もう少しいいだろう」
「春、昼寝もしたいと思うから」
帰りたい気持ちが先行して、往生際悪く言ってしまう。
「だったら、羽純のアパートに行こう。話したいことがあるんだ」
何を言うのだろう。口がさけても、住んでる場所を教えるわけがないのに。
「話って?」
「俺たちにとって大事な話だ」
彼の目はとても真剣だった。私には話すことなんて何もないけれど、春がプレゼントをもらった手前、邪険にもできない。
そうか。春に誕生日プレゼントを買いたいと言ったのは、話し合いの場を持つための口実だったのだ。そう気づいて、がっかりする。
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