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「駐車場、どこ停めた? こんなに雨が降るとは思ってなかったよ」
将吾は春をいちべつした後、苦々しげに話しかけてくる。
「屋上ですけど、たまたま屋根のあるところに停められました」
表情のない春が気になりながら、そう答える。
春にとって、私たちはどんな関係に見えているだろう。春がお友だちのパパをじっと見ていることがあるのは知っている。パパが欲しいのかなと思うこともあるけれど、将吾の前でいつもの明るさを失う彼を見ていると、まるで『この人がパパになったら嫌だ』と全力で訴えているように見えてくる。
「屋上? じゃあ、近くかな。帰りは車まで送るよ」
「いつもすみません」
送ってもらうほどのことじゃない。だけど、拒否すれば、将吾は不機嫌になる。出会ったころは、彼のこうした気遣いに優しさを感じていたけれど、今では、自己満足の押し付けだったと思っている。
「気にするなよ。
将吾には、春の親としての私が心もとないのかもしれない。だからこそ、ときどき面会を求めてくるのだろうか。
「そんなに頼りなく見えますか?」
「ちゃんと生活できてるか、いつも気がかりだよ」
「今は仕事もしてるし、春とふたりでしっかり生きていける環境は整ってるから心配いらないんです」
「そうは言っても、両親や
朝香というのは、私の実姉だ。姉は独身で、実家暮らし。あまり子どもが好きではない彼女だが、春の面倒はよく見てくれている。
「それはね、そう。春が病気したときとか、土曜日の出勤はどうしても」
「どこの薬局で働いてるんだっけ?」
さらりと、将吾は私の近況を聞き出そうとする。
「近くでいいところ……」
危うく、言いそうになって口をつぐむ。
「近くって、どこの? 実家? アパート?」
「あ、ううん。今はちょっと遠いから、近くでいいところがあれば、移ろうと思ってるんです」
「薬剤師だと、職場に困らなさそうだな」
「将吾さんのおかげです」
そう言うと、彼は満足そうにうなずいた。
彼を喜ばせるためにそう言ったのではない。私が薬剤師になれたのは、彼のおかげだ。それは間違いない。一生、彼には頭があがらない。それだけの恩は感じている。
「さあ、何か食べるか。春、一緒に見に行こう」
将吾は春に手を差し伸べる。すると、春は硬直したようになる。まだまだ慣れないのだろう。よく知らないおじさんでしかない将吾が、なぜ、なれなれしく接してくるのかも理解できていないのだ。
不服そうに、将吾は伸ばした手を下げる。春に対する怒りをそれだけに抑えてくれているのは、私にとって救いだ。
「春、ママと待つ?」
尋ねると、春はこくりとうなずく。
「春はなんでも食べますから、注文お願いできますか?」
遠慮がちにそう言う。
「俺ひとりに行かせるのかよ」
「すみません、お願いします」
「次はないからな」
イラッとした様子で彼は言うと、数ある店をぐるりと見まわし、たこ焼き屋には目もくれずに歩き出した。
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