心に咲く春をくれたあなたに愛されたい
水城ひさぎ
再会はメンタルクリニックにて
1
ミュートしている相手からのメッセージがアプリを開いた途端に通知され、『面会の件だけど』と見えた瞬間、息が止まりそうになった。
そして、とっさに脳裏に浮かんだのは、3歳の愛息子、
誰にでも臆せず話しかける人懐こさのある無邪気な春は、活発的に走り回っては誰彼となく遊び、いつもにこにこ笑っている男の子。
しかし、彼と面会するときだけは別だ。春の愛くるしい笑顔が崩れていくさまを思い浮かべながら、震える指でメッセージを開く。
『面会の件だけど、来週の日曜日でよろしく』
二ヶ月ぶりの連絡だけれど、ふてぶてしさは依然として変わらない。
結婚後、私と息子への愛を示さなかった元夫、
半年前に離婚は成立したが、面会を許可した覚えはない。別居期間中だって、婚姻費も養育費ももらってない。それなのに、春との面会だけは求めてくる。それも、あたりまえのように何食わぬ様子で。
今回も、ひまつぶし程度に会いたいと言うのだろう。愛もないのに、将吾は気まぐれに私たちを振り回す。愛がないからかもしれないけれど。
『春に聞いてみます』
『聞くも何も、権利だから』
いらだったような返信がすぐに来た。義務も果たさないのに権利だけ主張する態度は心臓に悪い。
養育費を払わないあなたに春と会う資格はない。
面会を求められるたび、そう言い返してもいいかもしれないと、これまでも何度も悩んだ。しかし今回も、反論しないまま、アプリを閉じた。
彼に養育費を支払う義務があるのか、正直、私にはわからない。だって、春は彼の子ではないのだから。
*
約束の日曜日、春とともに、将吾と待ち合わせするショッピングセンターへやってきた。
お昼どき前から家族連れで賑わうフードコートの片隅に、空いてる席を見つけて腰かける。
離婚後の面会は、今日で三度目。毎回、お互いの暮らすアパートから一番近いこの大型ショッピングセンターを、将吾は面会場所に指定してくる。
居場所をメールすると、すぐに『もうすぐ着く』と返信があった。
将吾に会うのは緊張するし、億劫にもなる。面会は、春のためだから、と思えば、仕方なく受け入れるしかない。しかし、彼らは血のつながらない親子、まして、春には彼と暮らした記憶がない。春のためになっているかどうかもわからない面会が、億劫にならないはずがなかった。
「将吾のおじさん、春におもちゃ買ってくれるんだって。この間、春の誕生日だったから」
9月生まれの春は、先月3歳になった。1歳のときから保育園にはお世話になっているけれど、来年には入園式がある。
だからだろう。春にはおもちゃを、私には入園準備に必要なグッズを買ってくれるらしい。私が春へ、あなたの父親は将吾だ、と言わないのと同じように、彼も父親を名乗りはしないが、父親らしいことをしたいのだろう。
出会ったころ、将吾はまめで優しい人だった。今日だって、それなりにつつがなく過ごせるだろう。周囲から、幸せそうな家族に見えるぐらいには。
「おもちゃ、いらない」
春はだらりといすの背に身体を預けて、イヤイヤするようにそっぽを向く。
それはそうだ。仕方ない。将吾は買ってあげたいばかりで、春が欲しいものを買ってくれるわけじゃない。今日もことごとく、春の欲しいものを否定して、善意を押し付けてくるのだろう。
「そんなかっこうしないの。ちゃんと座って」
春の脇に腕を入れて抱き上げる。私にしっかりとしがみついてくる彼は不安そうだ。いつもの快活な彼が、将吾が関わると消え失せてしまう。
「お昼食べて、おもちゃ買ってもらったら帰ろうね」
「うん」
「何、食べようかー?」
春の顔をのぞき込むと、小さな指で彼がさし示すのは、たこ焼き屋だった。
将吾はたこ焼きを好まないだろう。きっと、ステーキかパスタを食べたがる。長い付き合いはないけれど、たこ焼きを食べる彼を見たことはない。
「先に注文してきちゃおうか。ジュースも飲む?」
食事中のジュースも嫌う将吾だが、注文してしまえば、人前で罵ったりはしない。
そう思って、立ち上がったときだった。薄手のジャケットを羽織った男の人が、フードコートの入り口に現れる。
「将吾さんが来たよ。ちょっと座って待ってようか」
そうひとりごとのように言うと、春をいすに座らせて、私は立ったまま、ゆったりとした足取りで近づいてくる彼を待った。
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